米林宏昌『メアリと魔女の花』感想

昨年『君の名は。』(2016)が大ヒットしたのは、男女の出会いがドラマチックに演出された物語に多くの人が惹かれただろうか。それまでの新海誠を考えてみると、職人監督的なきらいがあり、普遍的な恋愛映画という物語面よりも背景美術に定評があり、『君の名は。』公開時にはヒットすると思った人は少なかっただろう。アニメやアニメーションは実写に比べ情報量が圧倒的に少ないことから、引き算で考えられた芸術といわれるが、『君の名は。』のように映像美とRADWIMPSの曲を足し算どころか掛け算の強引な演出でもヒットしてしまった。宮崎駿が引退宣言した中、興行収入だけ見ればポスト・宮崎駿といわれてもおかしくないだろう。そもそもスタジオジブリも最初から何百億も稼いでいたわけではないのだ。

そしてもとよりジブリ出身の米林宏昌。経歴だけ見ればポスト・宮崎駿として最有力候補といわれるところだろうが、『借りぐらしのアリエッティ』(2010)、『思い出のマーニー』(2014)と彼のフィルモグラフィーをあげてみると、宮崎のような冒険活劇を得意としている監督ではない。だからといって高畑勲のような作品を作れるわけでもなく。そこにきてスタジオポノックの設立。そして、長編第一弾として『メアリと魔女の花』が公開された。コピーの「魔女、ふたたび。」を読むと、スタジオジブリの因子が覚悟して挑んだようにも見える。トレーラーから『魔女の宅急便』(1989)や、『千と千尋の神隠し』(2001)といった宮崎のジブリ時代を想起させるイメージが乱立している。

果たして初めての冒険活劇になったかというと、これがなかなか難しいものであると痛感させられた映画になった。本作でテーマとしているのはキャラクターの「変化」。例えば、メアリは祖母や庭師の手伝いを試みようとするが、すべて失敗してしまう。本人曰く友達も少なくて、ひとりでいることが多いような少女だ。『思い出のマーニー』でも内向的なものがキーワードになっていたが、メアリは内向的というよりも、社交的だけどスベっている印象。そして、その彼女がひょんなことから魔法が使えるようになり、ホウキで空を飛び魔法学校にいくことになる。そして、彼女が見つけた花をめぐって魔法学校とメアリの戦いが始まるわけだが、「何をやってもうまくいかない」といったことに対し、彼女が変わるかというと変わりはしない。そもそも彼女のバックボーン語りが乏しいので、変化しようがないといったこともある。

キャラクターが変わったように見せるにはテレビシリーズのように長い時間をかけるか、時間をかけたように嘘をついて巧く見せられるか、なのでそもそもが難しいのが、『メアリ』はすっからかんなのだ。「変化」をキーワードにした場合、なぜ、この少女がこの町にいるのか?なぜ、はじめましての挨拶をしているのか?状況説明があまりにも乏しい。スリリングなアクションシーンを見せたいのに上半身だけのアップでアクションを繋げようとする映画のように、キャラクターの立ち位置がよくわからない。これでは、果たして何を見せたいのか?と。まだ、「変化」できたのだと仮定した場合、最後に彼女が花(というか実のような)を捨てるシーンは、魔法に頼らず自分の力で歩んでいくだといったようなシーンにも見えなくないが、飛躍的な面白さはなく効率の悪い演出に見える。

では「変化」を無視して面白い冒険活劇になっていたかというと、それがまったく燃え上がらない。強いて言えば、燃え上がった建物から人に見つからないように逃げる冒頭のシーンが、この映画の到達点であり、そこから一気に急降下する。メアリの初フライトを顔アップでつぶし、コントロールできない魔法によってホウキがあらぬ方向へ飛んでいく…といった予想されるシーンが思い切りがなく、橋を渡って変化するわけでもなく、濃霧の向こうに危険な森が待ったいるわけでもなく、すべての演出が空転していく。ジブリの呪縛がどうだとかではなく、演出家としての力量不足を痛感させられる。確かにルックや設定だけ見ていれば、「っぽさ」のようなものは感じなくないが、記号的に設置されているだけであり、演出として活かされていない。祖母から受け取った最後の花を活用されるわけでもなく、敵に奪われる。奪われて面白い追っかけが始まればいいが奪われるだけ。活劇が始まりそうで、始まらない。せめてあの本を2人で触ったのならあ「バルス*1くらい言ってくれればヤケクソなんだが…

大ヒットした『君の名は。』の監督・新海誠は『星を追う子ども』(2011)で、それまでのセンチメンタルな少年/少女の感情を映像美で表現した作風とは違い、ジブリっぽい作品を制作している。これがよかったというと、そうでもないのだが、水中にズブズブと浸かっていくシーンは、彼の深層への侵入のように見えたり、悪くないなと思うシーンは少なからずあった。それから『言の葉の庭』(2013)で一気に小品に戻ったが、『君の名は。』では彼の真骨頂のセンチメンタルな少年/少女の感情をセカイ系*2的な作風で丸め込んだのが成功した秘訣なのかもしれない。ヤケクソにも思える足し算の演出が、掛け算にも膨れ上がって大ヒットした。では、『メアリ』以後に米林監督が『君の名は。』だったり、宮崎の『もののけ姫』(1997)や『千と千尋の神隠し』のような大ヒット作を生み出せるかというと、正直なところ難しいと思うが、まあ、発表されたらなんだかんだ見に行くんだろうとも思う。どんな作家にも傑作が作られるのであるといったかすかな希望を信じて。

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*1:別に「バルス」といえばいいのでなく、2人で叫べばいいのにと

*2:定義が曖昧だが。セカイ系にかかわる文献では『セカイ系とは何か』がなかなか素晴らしいのでぜひ一読を