ふたりが出会うとき−−−『キャロル』から中村章子『同級生』について(感想)
「キャロルが片手をゆっくりと上げて髪をかき上げるのを見て、テレーズは微笑んだ。あまりにもキャロルらしい仕草だったからだ。テレーズが愛している、いつまでも愛し続けるキャロルだった。もちろん以前とは違う形で愛することになるだろう。なぜならキャロルは前と同じキャロルではなく、1から知り合うのも同然なのだから。それでも彼女はキャロルであり、ほかの誰でもないキャロルだった。」(パトリシア・ハイスミス『キャロル』河出文庫440ページ抜粋)
パトリシア・ハイスミスの『キャロル』はテレーズとキャロルといったふたりの女性のラブストーリーを描いている。彼女らはキャロルの離婚が原因で一時的に離れ離れになってしまう。上記の文章は彼女らはそんな障害がありながらも”再会”するシーンの描写である。僕は読んでいて一見ハッピーエンドに見えるが、実際はどうだったんだろうか?と疑問が頭に浮かんだ。キャロルは確かにキャロルだったけど、昔好きだったキャロルではない。それでももう一度テレーズはキャロルに出会うことを選択した。喜びと悲しさが同時に感じられるような文章ではなかろうか。彼女たちの未来はいかに続いていくのだろうか、果たして永遠には続かなかったんじゃないだろうか、とも思える。
この”再会”には強烈な一目惚れのような、初めて”出会った”…的なニュアンスが含まれているように感じられた。もちろんSF小説ではないのでそんなことはないのであるが、まるでパラレルワールドのような心理描写が印象的だと思った。それと同時に『劇場版まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』を連想してしまった。あの物語もふたりは再び出会っているが、暁美ほむらが期待した”再会”ではなかった、と考えるとなんとも残酷な物語だ。それに比べれば心温まる”再会”が堪能できる小説だろう。また、先日公開された中村章子の『同級生』は”出会う”描写がとても素敵な作品だった。
放課後に弁当箱を忘れた草壁光は教室に戻ると、同じクラスの佐条がひとりで歌を練習する瞬間を目にする。草壁はその日の音楽の授業で佐条がひとり歌っていないことを耳にしている。佐条は優等生であり、金髪のバンドマン草壁とはまったく正反対の人生を歩んでいるだろう。草壁は歌っていなかった佐条に対して「こいつは頭がいいから歌なんて歌ってられるか」って思っているんだろうなと勝手な先入観を持ってしまう。しかし誰もいないはずの教室から歌が聞こえてくる…
この作品はボーイズラブ(BL)にジャンルを置いているが、このふたりの強烈な出会いの瞬間、まだお互いに”好き”といった意識はない。このあとなかなか上手く歌えない佐条に草壁が歌を教えることになり、合唱コンクールを迎えることになる。草壁は合唱コンクールの途中、上手に歌えるようになった佐条を見て「もうこれでふたりで練習できなくなるんだ…あいつは授業(先生)のために歌っていただけなんだ。」といった現実を考えてしまい泣き出して外に出てしまう。そしてそれを追う佐条。そのあと草壁が佐条と結ばれる…といったシーンになる。
こういったシーンにつながっていくと最初の草壁と佐条が教室で出会うシーンは、同じクラスメイトでありながら言わばジャンルの違いでほとんど絡んだこともなかったようなふたりが”初めて”出会ったようなシーンに見えてはこないだろうか。特に上記写真のような出会いの瞬間ふっと綺麗な手先を捉える描写があり、繊細そうな佐条と面倒見のいい草壁の性格がこのシーンに現れているように思える。この瞬間ふたりは”好き”と認識はしていないが、深層で”好き”になっている瞬間だったのではないか。そう考えるとなんとも甘酸っぱい。
上映時間60分ながらふたりの恋模様を濃密に描き、コマ割りや画面分割などを駆使して映画に緩急をつけるので、グイグイ引っ張られていくなんとも心地いアニメ。『傷物語』が、わざと間延びさせた時間を感じさせてくれたとしたら、こちらは本当にあっという間に駆け上る。今のところ今年見たアニメ映画でいちばんよかったかもしれない。傑作でした。
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