酒はどこへ行った ‐ ホン・サンス『あなた自身とあなたのこと』感想

ベルトラン・ボネロの新作が東京国際映画祭(以下、TIFF)にて土日に掛からないことを恨みながら、ホン・サンスの新作『あなた自身とあなたのこと』を見てきた。ホン・サンスは『次の朝は他人』や『カンウォンドの恋』あたりの少し切ない感じの作品が好きだ。それ以外の彼の映画も見てもどこか好きな部分がある。それは酒飲みが自分でもよくわからないことをべちゃくちゃしゃべったりとか、孤独な人たちなんだけど、人との交流は断ち切れない人間臭いところがあるからだろうか。ちなみに昨年のTIFFで公開された『今は正しくあの時は間違い』は未だに劇場公開されておらず、DVDにもなっていない。公開は無理だとしてもなんとかDVDで出して欲しいと願うばかりである。

舞台はソウル・延南洞(ヨンナムドン)。画家ヨンスは女友だちのミンジョンと痴話喧嘩。ミンジョンは去り、翌日ヨンスは彼女を探すが見つからない。彼女そっくりの女性を目撃するが、まるで赤の他人のようだ。ヨンスの頭は混乱していく…。(TIFF公式より抜粋)第29回東京国際映画祭 | あなた自身とあなたのこと

さて『あなた自身とあなたのこと』だが、一言でいえば面白かった。ただ、『今は〜』を見ていないので本作からとハッキリ言えませんが、酒を飲むことやそれによってキャラが酔っぱらうといった描写がこれまでのホンサンス作品とは違った変化がある。痴話喧嘩するカップル、出て行った彼女を探しに街に出て彼女を見つけるが、なぜか様子が違う。

「人違い。ミンジョンじゃないわ。ミンジョンは私の姉。」

ここで観客はああこれはドッペルゲンガ―?いや、本当に姉がいるのかーっとミンジョンによく似た女性を前にしてどこか疑問を感じながらも、映画に身体を適用させていく。ところがどうだろうか?ミンジョンに似た女性はこれからも何度も男をとっかえひっかえして同じようなやりとりを続けるのだ。

「えっ?人違いよ。違う人の話をしているのだから、私が知っているはずがないわ。」

ここで観客は戸惑い始める。いったいいつ「ミンジョンは私の姉」というのだろうと思いながら見ているが、一向に言う気配がない。とうとう言わないままカフェから仲良くでていくカップルが成立してしまっている。一晩経つと関係性がリセットされるという『次の朝は他人』といった映画があった。本作もそういったように彼女と再会するたびに関係性がリセットされているように見えるのだ。ただ最後まで見ていくとやはり確信犯なのか?(教訓的な)と思うところもある。物語は簡単に帰結することなく、どこか不思議な余韻を残す。

『ヘウォンの恋愛日記』で夢や妄想が扱われたが、本作でもヨンナムドンが夢(妄想)を見ているようなシーンがあった。へウォンのように日記(記録)を見ているわけではないので、果たしてミンジョンが何者なのか?といった結論には至らない。自分が知っている(思い込みなど)、あるいは知らないことで進んでいく。冒頭、友達から聞いた「噂話(ゴシップ)」から始まるようにこの映画では誰の言葉も信じられず、不確かに物語が進んでいくのではないか?とも考えた。

それと変化があった。それは酒の飲み方だろうか。彼の映画ではとにかく酒を飲むシーンが多い。とにかく飲みまくって、意味の解らないことを言い出したり、喧嘩をしたり、そんな様子を見ているだけでも面白い。本作もカップルの痴話喧嘩のくだりで「5杯まで」とキーワードが出ているように「酒」とは切っても切り離せない。しかし、これまでのホンサンス映画のように泥酔いしてそのまま喧嘩したり、ってのは見られなかった。上映時間も短かったのがあるのかもしれないが、今回ミンジョンが全ての引き立て役に、酒さえも、、、といったように酒が物語上の装置として存在しているように見えた。

なので少しさびしい気持ちもしたのだけど、不気味な映画に仕上がっているし、笑えるシーンもたくさんあった。それに画面サイズの遊び*1、夜のシーン撮影や縦の構図(主に夜の街の)など、素晴らしいシーンは残されている。一般公開されるなら今は正しくあの時は間違い』も一緒に公開して!って感じですね。

次の朝は他人 [DVD]

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ヘウォンの恋愛日記 [DVD]

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*1:ビスタを洋服と扉でスタンダードに見せ、ズームしてビスタに戻す…といった遊びが見られた。