血のつながりを超えた絆について『グランド・ブダペスト・ホテル』※ネタバレあり

現役の監督の中でも、大好きなウェス・アンダーソンの最新作を見てきました。初めに言っておくと彼の作品では『ライフ・アクアティック』『天才マックスの世界』が特に好きなんですけど、今回のグランド・ブダペスト・ホテルも大傑作であり、恐らく今年のベストではないか?と思うほど好きだった。

ウェス・アンダーソン監督が書き続けるテーマとして「家族」がある。それは『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』が特に顕著だが、『ライフ・アクアティック』、それにストップモーションアニメの『ファンタスティックMr.FOX』でも書き続けているテーマだ。ただ、「家族」というテーマがありながら、家族の「不在」にも触れており『ライフ・アクアティック』では息子と偽ったものとの「絆」が形成され、『ムーンライズ・キングダム』のボーイスカウトの少年は家族の不在を背負い、血の通った「家族」以上の「絆」を形成していく。つまり「家族」という血のつながった関係を飛び越え、人と人との「絆」を顕著に、そして時には突き放すようにドライに描いてきたのがウェス・アンダーソンだと僕は思う。

そして、今作『グランド・ブダペスト・ホテル』ではその血のつながりだけではない「絆」が集大成として描かれているように感じた。

タイトルを見ると「グランド」「ホテル」というワードがあり、しかも、可愛いピンク色のホテルという作品ビジュアルから、「グランドホテル方式でホテルでのあれやこれや〜」なんてのを考えていたが、まるで違った。また、田舎の「ホテル」を考えたとき、どうしても思い浮かぶのが、キューブリックの『シャイニング』だったけど、それとも全く違う方向に話が進んでいく。

物語は、ホテルのコンシェルジュである主人公「グスタフ」がある事件の犯人だと疑われ、もう一人の主人公である新人のロビー・ボーイ「ゼロ」と共に事件を解決するまでを描いている。

先に、この映画はウェス・アンダーソンの「絆」の集大成と書いたが、この主人公の一人ゼロは戦争で家族を殺され、母国を追われグスタフのもとに流れ着いた者である。また、物語を最後まで見ればわかることだが、グスタフも家族の存在は明らかにされていない。どちらも「家族」がいない人物である。

ウェス・アンダーソンは本作を「シュテファン・ツヴァイク」の『心の焦燥』と彼の自伝『昨日の世界』にインスパイアされたと言っている。*1そして、その着想から誕生したのがグスタフという人物。ウェス・アンダーソンは、グスタフをツヴァイク本人として描いている。

ツヴァイク本人がそうであったように、グスタフという人物はある秘密結社の団体の一人である。彼がピンチになったシーンではその団体との繋がりを面白く表現しており、映画の一つの見せ所になっている。また、ネタバレになるので詳細は書かないが「絆」を感じさせる素晴らしいシーンが2つあり、どちらも列車内の出来事だが、僕はポロッと泣いてしまった。

そして、本作は入れ子構造となっており、物語の冒頭で時代が次のように入れ替わる。(1)現代の作家の語り(2)60年代に遡り作家とゼロの出会い(3)グスタフとゼロの身に起きた事件 また時代をまたいでいるだけでなく、画面自体にも凝っており、ビスタ、シネマスコープ、スタンダートと時代ごとにサイズを切り替えているのも面白かった。ただ、それ以上に、時代を超えてグスタフとゼロを巡る物語が語り継がれるということ、まさに血の通った「家族」を超えた物語であることがわかる。

「絆」を丁寧に書いているかと思うと少し意外かもしれないが、あまり感情移入をさせることなく、突き放すところは突き放しドライに描いている。この突き放した感じってのはウェス作品の特徴でもあって、特に今作は感情移入をさせないってのを徹底的に意識していたように感じる。(でも泣いたんですけどね)

撮影は、いつものウェス作品というように、まっすぐに人を捉えた平面な構図と横移動を多用している。それと、作り込まれたセット。今回は、特にセットが舞台装置として100%機能していたと感じた。カメラを90℃、180℃向けるだけで、こんなにも空間が確保されるのか!と終始興奮しまくってしまったし、更にテンポの良さ。スリリングなカットを出し惜しみせず連続させることで、映画にすさまじいスピード感が生まれていた。

そしてジャンル。最初にグランドホテル形式ではなかったと書いたが、複数のジャンルの要素を持っていたと感じる。ミステリーで牽引しながら、コメディ、バイオレンス、切株、そして時には冒険活劇と姿形を変え圧倒的な情報を与える。

そして少しネタバレになるが、特に映画的なシーンに感じたのが、「(1)作家がゼロとの出会いについて語り始めるときに子供が邪魔に入るカット」 「(2)刑務所から脱走し慌てて画面の斜め奥へ逃げるカット」 「(3)ホテルで繰り広げられる銃撃戦」 の3つであり、(1)と(2)に関しては、平面的な画面設計にも関わらず、人物が斜めに駆けていくという演技をつけており、突如画面に奥行きを感じ、これは映画的な運動だな〜と感服。そして(3)に関しては、言うまでもなくホテル内を一瞬にしてバイオレンスシーンにしてしまった手腕に脱帽。あの一瞬なんて、物語に必要かと言われると恐らく必要ない。ただ、あくまでも映画には必要であり、映画体験そのものだった。他にも列車内のシーン含め挙げればキリが無いので、3つに絞ってみた。


以上、出来るだけネタバレにならないように自分が考える、この映画の本質について書いてみたのですが、僕なんかでは「〜の引用」とかシネフィルや評論家のようなことは書けなくて、なんだかこの映画に対して、まだまだ自分は勉強の身だな〜と申し訳なく感じた。ただ一番に思ったのは、「ホテル」とそこで働くものたちが家族そのものみたいなもので、それが時代背景の中、いつしか失われたり、奪われたりしたかもしれないけど、語り継がれるべき物語なんじゃないかって、そんな風に感じた。多分、色々辻褄合わせすると、入れ子構造で、しかも、人が語っているのでどこか矛盾が生まれると思うんですけど、それも人の記憶であり、想いであり、だから、あの幻想的なビジュアルのホテルをウェス・アンダーソンは描いたんじゃないかって考えただけで泣けくる。まだまだ半年ありますが、今年のベストに入るんじゃないでしょうか。

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*1:詳しくはKOTOBA7月号の町山智浩の評に乗っています。