裏切りには「死神」にご注意を 『ドラッグ・ウォー 毒戦』

『エグザイル/絆』や『ザ・ミッション 非情の掟』のジョニー・トー監督の新作『ドラッグ・ウォー 毒戦』。僕は、今年の1月にシネマスコーレで鑑賞していて、上期ベストにも入れているのですが、なかなか感想が、まとめきれずにDVDが発売してしまった。これは、僕の映画を見る力の不足ってのがあるのだけど、二回、三回と繰り返し見ることで、この映画の凄さがボンヤリ輪郭を帯びてきたのでまとめます。

まず、この映画は、自分が助かる為に組織を売った人物が、コロコロと警察や組織側についたり、必死に右往左往しながら罪から逃れようとする物語です。そして、結局”裏切りからは逃れられない”というオチになります。これは、罪からは絶対に逃れられない「法則」みたいなモノです。この映画の初見時にはまだ見ていなかった『悪の法則』をDVDで見たのですが、「毒戦」(物語的に)の補助として一緒に取り上げるとわかり易いかと。

そもそも『悪の法則』は邦題であり、原題は『The Counselor』:法律弁護士(顧問弁護士?)となる。『悪の法則』という邦題がすぐれているのは、マイケル・ファスビンダーが踏み込んだ「悪」は、一回踏み入れると、逃れられないということを「法則」という言葉でうまく表現している。また、ハビエル・バルデムは、マイケル・ファスビンダーに対してする変な話(キャメロンディアスが車とSEXをする)について、話してしまった後に「忘れろ」と諭す。しかし、アレだけ変な話は、忘れようとしても忘れられない。そのように「悪」についても逃れたくても逃れられないということが、語られている映画である。


「毒戦」も、どんなに足掻こうが裏切ったものは、「法則」によって殺される。
犯人は仲間を裏切り、子供たちを道具のように使い悪足掻きを見せますが、罪からは逃れられず、自ら裏切った子分と突然事故にあったかのように衝突して市街戦になったり、車と繋がれた手錠を外す為に、ドアで手を折りながらも手錠を壊し逃げようとする。
しかし、「法則」にハマってしまった運命から逃れられずに、足に手錠をつけれ、まさに”足枷”として、逃れられなくなってしまう。


流石はジョニー・トーといったようなシブくてかっこいい演出。
ただ、初見時に僕が戸惑ったのが、これだけ凄い映画だけど、これまでのジョニー・トーフィルモグラフィーと比較したときに、なかなか引き合いに出せる映画が少ないかな?と思ったからだ。(全作見ていないのでハッキリとは言い辛いですけど)


まず、大前提として、僕はこの映画が大好きで、自分の力量じゃ計り知れないくらいの映画ではないか?というのが前提としてある。


そこで考えてみると、確かにすごいショットはいくつもあるが、例えば『エグザイル/絆』のように全シーン「様式美」といったような画面設計をされていないし、『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』のような男同士の友情をまるでサイレント映画のように描くといったような要素もない。ただ、画面設計に関しては、物語終盤の市街戦での複数人が一斉に撃ち合って死ぬという一瞬メキシカンスタンドオフなるシーンではキマりまくっているが、それでも”過剰”すぎではない。それと、最後、犯人と耳の聞こえない2人組、警察、銃撃戦についても、過剰でもなく、あくまで必要最低限だと感じた。


ジョニー・トーは過剰表現(ジョン・ウーからの影響かな)について『ヒーロー・ネバー・ダイ』後に切り離し、別のベクトル(静の演出)を『ザ・ミッション 非情な掟』で実践してみせた。それの追求が『エグザイル/絆』だったし、男同士の絆、そして、記憶、と突き詰めると、『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』になる。「毒戦」に近しいのは『エレクション』かな?と少し思ったが、やはり、「男同士の絆」というテーマは、「毒戦」にあまり感じない。
ただ、唯一それに近しいシーンは、麻薬工場(覚せい剤?)での妻や兄の死を悲しむシーンだろう。ただ、それにしたって必要最低限に描いていたように感じる。


そう思うと、過剰さを出来るだけ抑え、十八番の「男同士の絆」も限りなく最小限にして、徹底的にストーリーを円滑に進める為の演出をしているということになるのか。目指すところは”感情移入させない”というコトなのかもしれない。少しベクトルは違うが、『グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン監督も感情移入を出来るだけさせず、ドライに描く。
その為、彼の作品では突如人が死んだり、動物が死んだりといったような演出をはさみ、しかも、それを軽々と、さらっと説明してしまう。ただ、テーマは「家族」なのでドライに描いても涙腺を刺激するものはある。(個人的にはこういった描き方がすき)


と別の映画を挙げたが、結論としては、今作は過剰さを抑え感情移入を出来るだけさせない試みを徹底的にした映画だと思う。上記に挙げたようにこれだけの傑作映画、ドライではなく、心をアツくさせるドラマを描いてきた監督がこういったベクトルの作品を撮ったのは、注目するべきだと感じたし、この映画の底力はものすごいものだといいたい。傑作です。今後もジョニー・トー監督には注目!(つーかこんな傑作がBlu-ray未発売とは!)

ドラッグ・ウォー / 毒戦 [DVD]

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