重力を超えた傑作/『サカサマのパテマ』※ネタバレあり

果てしなく坑道が続く地下世界に暮らす、地下集落のお姫様・パテマ。天真らんまんで好奇心旺盛なパテマのお気に入りは、立ち入り禁止となっている「危険区域」を探険することだった。世話役のジィの心配をよそに、いつものように危険区域へ飛び出したパテマだったが、予想だにしなかった出来事に遭遇してしまい……。

正直公開日前日までノーマークだったのですが、『イヴの時間』の吉浦さんが原作・脚本・監督兼任していると書いていたので、「面白いんじゃないの!」という期待感から鑑賞しました。まさに傑作!

まず、本編を語る前に書いておかないといけないことは、今年公開した『アップサイドダウン重力の恋人』と設定がとても似ているということ。(残念ながら日程上僕は観れませんでした)

『アップサイドダウン 重力の恋人』のあらすじ
富裕層が暮らす星と貧困層が暮らす星が、上下で接近するように引き合っている世界。下の星で貧しい暮らしを送っていたアダム(ジム・スタージェス)は、とある山頂で上の星の住人であるエデン(キルステン・ダンスト)と出会って恋に落ちる。

サカサマのパテマの導入部と似たような設定になっています。アップサイド〜のほうを見逃してしまったので二つの作品の比較が出来ないのが残念ですが、『サカサマのパテマ』はSFを理解している!ってという感じを作品随所から感じられとても面白かった。

重力が逆の星というのがアップサイドダウンですが、パテマでは同じ星内で、地下世界と地上世界の重力が逆転しています。「もし地下世界があって〜」と思うのは、ドラえもんでもありましたし、フィリップ・K・ディックの小説でもありました。それ自体は一般的な設定ですが、地下と地上とで重力逆転が起きてるなんてなかなか無い設定だと思います。それと面白いのが、主人公パテマが地上に行くと重力が反転し、地上では地球の重力で生活が出来そうですが、そうではなくてそのまま空に落ちてしまうということ。つまり住んでいる場所が重要ではなく、人そのものの重力が反転している。その反転した設定はパテマがアイガ(地上世界)の少年エイジと手を取り合う事でバランスが取れ、空に落ちないという素晴らしいアイディアを生んでいる。それによって、アイガが徹底的に排除する”空”に対して、父が夢見自分も夢を見るエイジの夢(空を飛ぶこと)が叶うことを表現しているのがとても上手い。*1
それと、地上世界と地下世界はお互いに交流を絶ちあっている。これは先に脚注で書いた事が原因となるが、地上世界にあたっては事件(言い伝え)があったことで特に厳しい制度をとっている。制度の一つとして地上人が空を見上げることを許さない。授業中の様子からも見て取れるが、学校の生徒たちは通学時自動遊歩道で寮から登校するときも誰一人も空を見上げないし、死んだような目つきで下の方ばかり見ている。寮はコンクリートうちっぱなしの寂れた様子で、今年の『カレ・ブラン』っぽいなと感じる。地下世界では閉塞感漂う世界で生活していて、ネガティブ思想になりがちだろうが、地上世界は地下世界と違って空という自由がある故に、ネガティブ思想陥っている。この反転関係がこの物語を効果的に表現していると感じる。

パテマとエイジはお互いに反転した存在であるが、パテマとエイジが出会う瞬間は、ラピュタのシータとパズーが出会った瞬間のような感動がある。地上に落ちるシータを空に落ちるパテマに変換しただけの話なので、ラピュタレベルは言い過ぎかもしれないが、名シーンが生まれたと感じた。ラゴスが見せてくれた世界に憧れたパテマがその世界に吸い込まれて(落ちて)しまうのは、憧れそのものが反転されているという表現で、空に憧れたエイジも空を禁じられており、パテマとエイジは互いに反転された関係と強調している。それに、視線的にもパテマが見ている世界、エイジが見ている世界と互いに反転し、カメラも反転され、度々画面が反転する。
そのうち自分の立場そのものが反転しの見ているものも反転することで、恐怖の対象も反転する。互いの気持ちを相手の立場に立って考えられるという普通じゃ体験出来ないことを体験させることで互いの絆が深まる。キスを直接的に撮らないのもgood。そして、ラストについても見事。「えーー!そんなのありかよー」というよりも、ちょっとスッキリする終わり方で好みです。つまりアイデンティティの大反転といったところか…これはディックの地下世界から地上に出る話(タイトル忘れた)の読了感に似ているなと感じました。
夢を追うという行為は時に反転し、気づいたら追っていたはずの夢に追われ、呪われたような感覚に陥る。しかしながら、夢に追われても恐れずに進みきった先にはこんなものがあるよって言いたかったんじゃないかと感じた。

ディストピアSFにほんのりジブリ感に、反転した二つの世界のビジュアルも良かったし、パテマちゃんも可愛かった。(誰かに似ている気がする)反転しているので、可愛い子がデフォルトで上目遣いになるのは最高!ただ、反転した二人が抱き合うのはビジュアル的に紙一重!(性的な意味で)掘り出し物としては最高の作品でした。是非劇場へ!

*1:アイガでは過去に空を夢見ていたが、事件が発生し何人もが空に落ちていったということがあったそうです。