ニコール・キッドマンは「青いダッフルコート」を着ることができない『パディントン』感想

パディントン』(吹替え)を見てきた。前評判を殆ど聞いていなかったのでキャラクターの「仮装」を見ている限りウェス・アンダーソンの二番煎じだろ的な気持ちで見に行ったのだが、これがとても胸を打った。確かにウェス・アンダーソンライクなキャラクターの仮装であったり、『ライフ・アクアティック』で見られた船のセットのように「家がパカっと開いて平面でカメラを動かす」といったような演出はあるが、ペルーでの地震のシーンなど盛り上がるシーンも目立ち、決してウェス・アンダーソンのようなオフビートを主軸とした作品ではない。とても大衆的な作品に仕上がっていたと思う。

パディントンの仮装性
この映画は「継承」についての作品である。それはパディントンがペルーで叔父さんから引き継いだ「赤い帽子」と、ロンドンでブラウン一家から引き継いだ「青いダッフルコート」によって明確に提示される。パディントンはペルーでひっそりと暮らしている珍しい熊であり叔父さんと叔母さんは、40年前に訪れたロンドンの探検家によって人間の生活と「マーマレード」の味を覚えた。ある日ペルーを大きな地震が襲い、パディントンは叔父さんを亡くしてしまう。彼は叔父さんの「赤い帽子」を被りロンドン行きを決意する。そこでブラウン一家と出会いペルーにきた探検家を探すことになるのだが、ブラウン一家の家に着くと「こんな家をくれるだなんて…」と感嘆するシーンがある。叔父さんを亡くした彼にとっては何よりも”家=家族”を求めていた、そんな印象的なシーンだ。彼は風呂の水を溢れさせたり歯ブラシで耳を掃除してしまうなどのハプニングを起こすが、徐々に信頼されていきブラウン一家から家族のおさがりとして継承されてきた「青いダッフルコート」をもらうことになる。

彼は家族を求めていたが、ここで注目すべきはどちらも擬似家族であったことだ。いつ破綻してしまうかわからない血のつながりのない家族であるが、彼は「赤い帽子」と「青いダッフルコート」を身にまとうこと(仮装)で、種族や国境を越えた本当の”家族”になろうとする。ブラウン一家は「青いダッフルコート」で継承されていく過程が目に見えてくるが、もう一方、40年前に「赤い帽子」をペルーの熊に継承したロンドンの探検家には家族は居たのだろうか?

ニコール・キッドマンは「青いダッフルコート」を着ることができない

ここまでハートフルな物語だと思いきや、この映画にはパディントンを剥製にしてしまうと目論む悪が存在する。ニコール・キッドマン演ずるミリセントは普段から動物を剥製にしているが、珍しい熊(=パディントン)が最終目的である。彼女はブラウン一家の隣に住む住人と取引をしたり、パディントンがひとりになった瞬間に不法侵入をしたり目的のためには手段を選ばない。彼女はそれだけパディントンに執着している。

しかし、なぜ犯罪まで犯してパディントンをつかまえたがるのだろうか?それは、彼女の家族がヒントになる。実は彼女の父親はパディントンが探しているペルーに来た探検家だったのだ。彼はペルーで珍しい熊と出会ったが、彼らの生態系を守ろうとして捕獲しなかった。それにより仲間内から反感を買い仕事を干され小さい動物園を営み、その後の生活は決して明るくはなかったのだ。つまり、ミリセントは熊を守った父親のせいで貧困に悩まされ恨んでいたのだ。彼女には擬似ではない血のつながった本当の”家族”があったが、父親の失敗に習ってつながっていたものを拒否したのである。だから彼女は継承の象徴である「赤い帽子」を被ることができないし、おさがりの「青いダッフルコート」を与えられない。血がつながっていたにもかかわらず「継承」からは外れてしまった者なのだ。だからラストシーンでブラウン一家が屋根の上に立ったとき、彼女はそこに立つことはできない。

ただ、果たしてそんな彼女を誰が責められるというのだろうか。この作品はエンタメに寄り添っているので、パディントン側が正しいように描かれているし実際それは悪い結末だとは思わない。悪として描かれるニコール・キッドマンは逮捕され、皮肉にも動物園で社会奉仕させられる。大衆的な作品なので、このような作風になるのはわかっているつもりだが、自分の好みをいうともう少しニコール・キッドマンから「継承」されなかった者の苦しみが伝わってくるとたまらなかっただろう。自分がもし彼女のような生活に見舞われるとわかっていたら、彼女の父親と同じような選択ができるだろうか。僕には自信がない。でも「青いダッフルコート」を継承するパディントンの姿を見て涙したし、ベクトルは違うけどなぜか『バットマン リターンズ』を思い出しまた泣いてしまった。傑作。

くまのパディントン

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