神様密着ドキュメンタリー「ああ、神様はつらい」/アレクセイ・ゲルマン『神々のたそがれ』を見た。

アレクセイ・ゲルマン『神々のたそがれ』をシネマテークで鑑賞。見る前は3時間寝ないで耐えられるのか?と、普段から「映画館で寝ない方法」について考え、それでも映画館で寝てしまう自分にプレッシャーを掛けながらカフェインを大量摂取して挑んだのだけど、これは寝ている暇がない、というか気づいたら終わっていた。見ている間、興奮しっぱなしで寝ている暇なんて一秒もなかった。これは二十一世紀の映画史に刻まれる傑作だ!


これを見ずに映画など語ってはならない。
傑作の概念を遥かに超えたこの途方もない作品を前に、久方ぶりにそう断言しうる僥倖を、彼岸のゲルマン監督に感謝しよう。ー蓮實重彦

蓮實重彦のこの発言。見る前までは、少しナナメに構えて考えていたのだけど、彼の言葉、決して嘘じゃない。『神たそ』を見ていない人や、見ても面白くなかった人への皮肉でもなんでもなくて、蓮實重彦はこの映画を見て本当に興奮してしまったんだ。だから、こういったことも恥ずかしみもなく言ってしまった。まるで最高級のディナーを食べたときのように、『神々のたそがれ』を感じてしまったんだと。それほどまで『神々のたそがれ』が見事なのだ。

ーあらすじー
地球より800年ほど進化が遅れている別の惑星に、学者30人が派遣された。その惑星にはルネッサンス初期を思わせたが、何かが起こることを怖れるかのように反動化が進んでいた。王国の首都アルカナルではまず大学が破壊され、知識人狩りがおこなわれた。彼らの処刑にあたったのは王権守護大臣ドン・レバの分隊で、灰色の服を着た家畜商人や小売商人からなっていたこの集団は“灰色隊”と呼ばれ、王の護衛隊は押しのけるほど勢力を担っていた。

『神々のたそがれ』恐らく事前情報などは全て劇中の肥溜めに捨てられる。いつもなら、あらすじを載せることもないのだけど、そんなもの考えなくていいくらいどうでもいい話だ。だから、何の話だったのかってのを再認識するために、””あえて””載せてみた。ー『神々のたそがれ』あらすじ全文(「神々のたそがれ」公式サイト)。

この映画には物語らしい物語は存在しない。また、地球ではなく別の惑星の話なので、SFといってもいいのかもしれないが、SFらしささえひとかけらもない。この映画は、あくまでもアレクセイ・ゲルマンが感じているロシアの縮図を表現したのではないだろうか。登場するのは、中世時代を思わせるゴツゴツした甲冑を身にまとうオヤジたち。不衛生な土地に、絶えず異臭を放つガスが充満したヘドロの沼。そこに吊るされたり、肥溜めに捨てられた屍体のみ。この映画は、その汚いオヤジたちの生活を見ているだけなので、劇的ではないし、山あり谷ありっといったようなハラハラドキドキはない。これは言うなれば、神様たちの密着ドキュメンタリーであり、自分が映画の世界に取り込まれていると錯覚するほど、生々しい運動や音がこの映画を支配する。

『神々のたそがれ』では、画面の無数のオヤジたちが、ひたすら縦横無尽に動きまわる。また、画面に映りきっていないオヤジも、同様に縦横無尽に動きまくり、それが音に変換され生々しく伝わって来る。そういった運動が画面にに奥行きを与えている。ドアがガバっと開いたり、画面の奥で何かが動いり、馬車が奥へ移動していったり、画面が立体的に感じられる。

作風としては前作フルスタリョフ、車を!』と似たように、気の狂ったような混沌の連鎖によってエモーションがひっきりなしに展開される。『神様はつらい』というだけあって、この惑星の住民は見るからに不衛生そうな場所でのうのうと暮らしているし、そこら中には屍体が転がっている。そして、最後は惨殺され、屍体から腸を抜き取りグルグルと振り回したり、屍体のケツからクソみたいなものを取り出して、他の屍体の口の中に入れたり、酷い有様だ。決して、綺麗なものを見ているわけではないが、例えば、『道中の点検』『戦争のない20日間』といった彼の初期作品よりも、はるかにエンターテイメントに振り切っていると思うし、実際に何度も笑ってしまった。

僕はロシアの歴史について特別詳しいわけではないけれど、ゲルマンの『道中の点検』以降が収録されたDVD BOXに内封されているインタビューを読むと、映画を作るのも上映するのも、難しい環境だったことがわかる。昔、ロシアのストリートチルドレンを撮ったドキュメンタリー映画『ぼくら、20世紀の子供たち』(ヴィターリー・カネフスキーを見たときは、たった十年前でも、こんなに子供たちが犯罪まみれになっている国があるのか。と、驚愕したことがある。ましてや、アジア圏や治安の悪いイメージがある南アフリカやブラジル等ではなく、こんなに寒い土地で…と。『神々のたそがれ』で描いていることは、そういったロシアの環境を見立てているのかもしれない。思えばロシアでは、ミハイル・ブルガーコフ巨匠とマルガリータのような気が狂ったような小説もあるし、現代ロシア文学でいえばソローキンみたいば化け物もいる。ロシアの作り出す環境が、映画や小説に与えている影響は計り知れないな…。

物語のラスト、それまでの肥溜めのような環境から一転し、何もない雪原が映される。楽器を演奏しながら道を進んでいき、彼らは画面の奥へ去っていく。それまで内臓を投げつけたり、クソや屍体をあれほど見せつけながらも、最後は雪原に空虚さだけが響き渡る…。それまでのエンターテイメント性あふれる気が狂った運動の連鎖とは異なり、ああ、これが「神様はつらい」かあ…と、ただ呆然と画面を眺めさせられてしまった。

アレクセイ・ゲルマン DVD-BOX

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