4クール勝ち抜く演出!『Go!プリンセスプリキュア』18話感想。
『Go!プリンセスプリキュア』も18話まで進みました。今回は「絵本のヒミツ!プリンセスってなぁに?」ということで、『プリプリ』の主人公はるはるのバックグランドを強靭にする重要な回でした。18話を見ていて感じたのが、伏線に繋がりそうな演出のうまさ。
18話は、はるはるのバックグラウンドを強靭にする話だったのだけど、それと同時に対極の存在であるトワイライトを掘り下げてきた。
彼女は自分だけが本当のプリンセス。自分以外はプリンセスになり得ない考えがあって、『花のプリンセス』に憧れるはるはるは勿論、みなみ会長やきららもプリンセスではないと思っている。はるはるもトワイライトと会うことで、「彼女が本当のプリンセスなの?」と感じるようになるが、『花のプリンセス』の原作者と会うことで、その考えが払拭される
・原作者との対峙ということで、前クールの『SHIROBAKO』を思い出す構図。
原作者は『花のプリンセス』の結末を書かない理由を聞かれたとき、自分の子供やファンの子供たちと触れ合うことで、「思いの数だけ物語がある。」と気づいたからと答える。本来、原作者は夢を生み出す存在だけど、彼女もまた『花のプリンセス』と触れ合った子供たちから夢を与えられている。それを聞いたはるはるは、自分のプリンセス像に気づくことが出来た。
「同じプリンセスでもみんなの中にいろんなプリンセスがいて、わたしにもわたしだけが目指せるプリンセスがあるって思ったの。」
「それがわたしの理想。魔女を恐れない強さ。相手を思いやる優しさ。そして、世界に花咲かせる心の美しさ」
はるはるの理想のプリンセスは、『プリプリ』のコピーでもある「強く、やさしく、美しく」の語源!
彼女のプリンセス像がそのまま作品のテーマになっている。
対してトワイライトはどうだろうか?
はるはるはプリンセスそのものよりも『花のプリンセス』の人間性に自分の理想を置いた。トワイライトのプリンセス像は言わば「血統」であり、「プリンセスである」ことがプリンセスの条件。確かにトワイライトのいうとおり、本来プリンセスは産まれた時から既にプリンセスであり、トワイライトの理論も頷けるのだが、どこか強迫概念のような、もしかしたらトラウマを抱え込んでいるのではないか?と思えるほどトワイライトの自信が強すぎるなと感じる。
こういった感覚が、どこかで生まれた「悪いオタク」という言葉のまま、『プリプリ』と別の作品と結びつけてしまう。
■トワイライト=プリンセスクレール?
実はトワイライトはディスピアの娘ではないのではないだろうか?と勘ぐってしまうと、どうも想起してしまうのが、『プリンセスチュチュ』のプリンセスクレール。
プリンセスクレールはチュチュの敵である大鴉の娘として育てられ、チュチュの敵側に回っていた。しかしながら、実は幼い頃に鴉にさらわれそのまま育てられた人間の子供だった。プリキュアシリーズには、本当はプリキュア側の存在だったのに、悪にそそのかされたりして敵になっているパターンが多い。それで、トワイライトにもこいった境遇があるのではないか?と、(悪いオタクとして)少なからずウテナの影響を受けている『チュチュ』を感じて、プリキュア側の人物なのではないかと考えてしまう。『チュチュ』的で言えば、バレエやってるシーンや、大鴉になった「クローズ」の例もあるので、これはもしや…と余計に勘ぐってしまう。
チュチュは寓話性が強い作品だし、『花のプリンセス』や、はるはるとカナタとの出会いも少し寓話っぽさがあるので、共通するのではないか。
こういった悪いオタクを誘い込むような要素。『花のプリンセス』の結末が人それぞれに存在するのも含め、勘ぐらせる演出ってのが非常に上手い。一つ前の『ハピチャ』が純粋なプリキュアから逸脱し、勝負を仕掛けてきた作品。対して『プリプリ』は正統派プリキュアでありながらも、悪いオタクのくすぐりどころがわかっている作品だなと感じる。今後も『Go!プリンセスプリキュア』面白くなること間違いなし!
ああ〜クラスト・パンク好きそうなクローズさん。また会いたいぜえ〜〜〜!
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