ポップに!ディープに!繋げよ乙女『夜は短し歩けよ乙女』感想
一夜の映画がこれまでポップであってもいいのだろうかと思うくらいに、『夜は短し歩けよ乙女』は黒髪の乙女がポップな世界に没入していく。黒髪の乙女が一夜にして体験した不思議な出来事は洗礼といったものだろうか。今まで彼女が体験してこなかった出来事が一夜にして押し寄せてくる。印象的な出来事が同時に起こってしまうと、後で思い出そうとしても、なかなか正確に覚えていないものである。『夜は短し歩けよ乙女』もあとで思い返そうとしても、あまりにも奇妙な体験が続くのでボンヤリとした夢のような記憶になっている。
原作の『夜は短し歩けよ乙女』では、1章ごとに黒髪の乙女がイベントをこなしていくものだった。彼女は興味の向くまま、いままで体験してこなかったことに身を投じていく。しかし、映画化にあたって湯浅政明は、より映画的な一夜の物語へ変更した。上映時間は93分。『傷物語』が3部作に分かれたことを考えると、よくまとめたといえるかもしれないが、実際に体験した印象時間とズレを感じる作品だった。この妙な体験は『夜は短し歩けよ乙女』の特徴のような気がしないでもない。
一夜に凝縮したというよりも、第一幕の黒髪の乙女のように夜通しフラフラと奇妙な街を飲み歩き、夜が終わるのを寂しがっているような感覚だろうか。93分がとても長く感じられる。それが単に長いといったわけでなく、酔っぱらってグニャグニャと千鳥足で歩いているような心地よい感覚。マーティン・スコセッシの『アフター・アワーズ』(1985)や、押井守『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)の学園祭準備の長い一夜の体験のように。黒髪の乙女と李白との偽電気ブランのみ比べ勝負から、納涼祭での絵本探しまでのシークエンスに至っては、原作を読んでいるような感覚。原作で感じたきらびやかな京都の街や、古本市がイメージのまま飛び出してきたようでポップでかわいい美術をゆったりと楽しめた。
その後、学園祭から風邪のシークエンスについてはどうだろうか。まるで樋口とパンツ総長の韋駄天コタツのように、急なギアチェンジ――スピードを感じた。黒髪の乙女に思いを寄せる先輩が走るシーンは、画面が躍動し、フィジカルに迫ってくるような感動があった。それと、最後の風邪のシーンは絶品だ。断固たる強い意志(風邪)と、それを超えていく黒髪の乙女。彼の妄想と現実が入り交じり、それがグニャグニャとした線の動きに現れている。このあたりの動きは『マインド・ゲーム』(2004)出も感じたような動きの快楽が凝縮されており、素直にすごいと感じた。また、風邪が伝染していき、人と人がまた繋がっていく…といった物語も、物語を一夜に変えたことと、学園祭ラストの改変(鯉のくだり)を経由することで接続することの因果が強まってよかった。
93分が引き延ばされた感覚。そういった構造にすることで、一つの映画として成立したように感じたのでよかった。キャラデザや背景美術もとてもポップで見ていてきらびやかで楽しかったし、何よりその世界に没入していく黒髪の乙女を見るのはとてもいい。湯浅政明といえば『夜明け告げるルーのうた』も5月に公開だ。オリジナル作品ということでとても楽しみにしている。湯浅政明の作品を1年に2本も見れるのはとても幸せなことだ。
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