勝手にしやがれ!!侵略計画…にならない――黒沢清『散歩する侵略者』感想

黒沢清散歩する侵略者を見た。

金魚を映したファーストショット、歩いている女子高生(恒松祐里)の脚のショット、あっけらかんとしたご近所風景を引きで見せる。彼女が家に入っていく。もがきながらも家に引きずりこまれる女。ドアがバタンとしまる。家の中で制服を血で染めている。血だらけのまま道路をふらふらとニコニコしながら歩く。トラックがクラクションを鳴らし、女子高生が振り向き横転。タイトルまでのカッコよさは2010年代の黒沢清のなかでもベストクラスだ。*1そして胡散臭い雑誌記者(長谷川博己)と「自分は宇宙人だ、地球を侵略しにきた」と語る青年(高杉真宙)といい、近年の黒沢に稀に見る軽々しい胡散臭さ。この軽やかなノリと長谷川のかけるサングラスを見ると、『勝手にしやがれ!!』の哀川翔を想起する。

散歩する侵略者』は、派遣された3人(仮に「人」とする)の宇宙人が人間の「概念」を集めて、「だいたい人間はこんな感じだろう」と判断して地球を侵略しようと計画する。人間から「概念」を奪うシーンは、まるで『CURE』の間宮による「お前は誰だ?」のセルフオマージュ。反復される質問に、次第に答えをイメージしてしまう回答者。日常から切り離された奇妙な時間を体験することになる。胡散臭い雑誌記者(長谷川)と一緒に行動するのは、高杉と恒松の2人。残りの宇宙人は、離婚危機寸前のイラストレーターである長澤まさみの夫に寄生する。宇宙人たちは2グループで行動することになるが、この2グループでジャンルに差異が生まれる。長谷川と高杉は拘束された恒松を助ける為、病院へ侵入する。アンジャッシュ・児嶋が扮する刑事と恒松による、突発的なアクションは見物。『セブンスコード』の前田敦子、『ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト』の三田真央のような軽やかなアクションが魅力的。宇宙人が自作する変なガジェット(宇宙との通信機)や彼/彼女らを載せたワゴン車(アンテナ付)は、『勝手にしやがれ‼』や『ドッペルゲンガ―』を見ているようでニヤニヤ。この3人のやりとりだけ見ていると『勝手にしやがれ!!』を見ているようで楽しい。突発的で行動に制限がなく、映画が軽やかになるのだ。

宇宙人の侵略といった題材に対し、長澤―松田と2人のシーンは、既に破壊された夫婦間が愛を取り戻していくといった再生の物語。初めは記憶喪失になったような夫に嫌気が差す長澤であったが、徐々に宇宙人である松田に惹かれていく。『ダゲレオタイプの女』のラストのように車で愛の逃避行へ。ホテルの一室で「愛」以外を奪った宇宙人に対して、「今、私の中は愛(松田のことで頭がいっぱい)でいっぱい」といって愛を奪わせる。そして、愛を奪った先(2年後)には侵略しなかった世界が。そして、愛を奪われた長澤を看病する松田――といった流れになる。『ダゲレオタイプの女』に引き続き、上映時間は120分超え。確かに黒沢セルフオマージュや、ヒッチコック、カーペンターといった監督へのオマージュなど、断片的には面白かった印象なのだが、どうも映画が重たい。もう少し飛躍が欲しかったといったところか。

役者は素晴らしかったと思う。映画の中でも一番感情的な役柄だった長澤だが、暑苦しくなくさらっとこなせてしまうのがすごい。宇宙人が侵略しているなかで「人を殺してはダメだろう」と、起こっていることが異常なのに、とってつけた普通の倫理観を出して、妙な空気を生む長谷川もいい。高杉と恒松の若手コンビはこの上なく素晴らしく、特に、恒松はいい声をしていて、工場内での声の通りのよさは極上。役者のみならず、ロケーションも魅力的。松田が行方不明になり、長澤が夜の街をさまよいながら探すシーンや、いかにも黒沢清的なだだっ広い工場。断片的なシーンでいえば、高杉と恒松が、長澤と松田の家に車で来るシーンで、家を通り過ぎて曲がり角でゴミ(ここにダンボールが!)を倒して止めたり思わずニヤっとする瞬間がある。ただ、具体的な説得力を持ち合わせなくても物語を進めていく機動力があったのだから、もう少し伸びてこないか…といった気持ちが残る。画面サイズは『岸辺の旅』から一貫して続くシネマスコープ(正確には『ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト』からか)。特質してシネマスコープだからといった目立つ構図はやっていなかったように思える。黒沢曰く「テレビが横長になったから」らしいけど、黒沢はビスタのほうがしっくりくるのは気のせいか。やっぱり、黒沢清は120分以下(100分台が好ましくないだろうか)で映画を撮って欲しい。願望としては長澤と松田のシーンをカットした『勝手にしやがれ!!侵略計画』が見たかった。

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*1:万田の『接吻』のような導入。