ブリランテ・メンドーサ『ローサは密告された』感想

デジタルビデオカメラの発明によって映像メディアは格段に便利になり、高価なフィルムを使用しなくても済むことでローコスト、現像といった工程をなくすこと*1によって時間を圧縮してしまった。もちろん今でもフィルム派*2は存在するが、フィルムとは違った生っぽさ*3は、フィルム時代にはなかったものだろう。特に『ほんとにあった!呪いのビデオ』に代表されるような心霊ビデオは、投稿者が気軽に撮影した映像に霊障が“映ってしまう”といった偶然性を演出する。写真界においても、戦時中の残酷な写真や戦時後の「リアリズム写真」といったような写真とは一線を引く「私写真」なるものが存在する。天才アラーキーこと荒木経惟は『センチメンタルな旅』(1971)で、新婚旅行や妻の死など、ごく個人的な体験を写真におさめ発表してきた。心霊ビデオの投稿作品*4と同じように、被写体との距離感の近さ、生々しさを獲得していったのだ。*5

ブリランテ・メンドーサの新作『ローサは密告された』でも、心霊ビデオなどに代表されるフェイクドキュメンタリーと同様の方法論を使用し、フィリピンのお国事情を生々しく記録する。ここで重要なのは本作がドキュメンタリーではないことだ。きちんと3台のデジタルカメラを使用して、フィクションとして撮影されている。*6映画の開始早々に被写界深度の浅い、ピンボケしたような白っぽい画面が現れる。カメラを向けるたびにナチュラルにピン送りされたような見ずらい画面。そんな画面を見続けていると東アジアっぽい(フィリピン)人が所々を行き交う落ち着きのない場所だとわかる。そして大豪雨の中、買い物袋を沢山持った主人公・ローラがそんな町中を歩いていく。家に帰ってみると、旦那は覚せい剤をキメており、そんな中、覚せい剤を小分けにしたり副業を行おうとする。この途中に自宅のカラオケ機を有料で貸すコワモテの息子や、友達を連れてくる娘など、数分の間にすべての家族が登場してくる。

残念ながらフィリピンにはいったことがないので、お国事情ってのをニュースで聞いたことくらいしか知らないのだが、たったの数分で主要登場人物をわざとらしくなく紹介し、大豪雨と技術*7によって、フィリピンの生々しい生活感が表象されてくる。カメラの位置や切り替えで、ドキュメンタリーではないことは理解できるのだが、あまりにも生々しい映像を見ているとタイトルの「密告」と同様に、人の生活圏を盗み見ているような気分に陥る。そう、本作は生々しさと、どこか人の生活を盗み見ているような「如何わしさ」が付きまとう。映画の序盤、煙草をカモフラージュに薬を買うシーン。顧客が記録されたノートを取り出す際に極端にボケが発生する。名前のみにピントを合わせ、そのほかの部分を覆い隠すようである。また、突然、警察の視点になり、ローサと旦那をパクり、警察署へ連れていく。しかし、何も手続きをせずに、警察署の裏から部屋に入れ、人から薬や金を押収し、さらに20万よこせば釈放してやると取引を持ち掛ける。ローサを売った人物は後からわかるようになっているが、(観客には犯人が誰か予想しやすいように描かれている)金が払えないなら売人を売れと持ち掛けられ、芋づる式に売人を捕まえさらに20万をせびろうと持ち掛ける。

社会情勢を知らなくても、フィリピンの貧困層の生活風景、警察の汚職といったものが、立体に見えてきてわかりやすい。それは撮影の方法論により、生々しさを獲得している背景があるからこそでもある。また、こういった映画の構造以外にも、面白いシーンが数多くある。まずは、何よりも人がたくさん出てきて絶えず動いていることだろう。それを的確に狙って撮影する技量。画面の手前でベチャクチャ話していて、後方でひっそりと耳打ちをして見せたり、ローラが売った売人がオフスクリーンでガチャガチャと取り調べされているときに、ひっそりとその様子を覗こうとしてみたり(しかも、壁一枚隔てただけのサスペンスフルな状況下!)、意図している/意図していないのか、真偽があいまいなものもあるが、殆どのシーンで2つ以上の運動が画面で起こり見てて飽きない。

それと、最初に劇伴が入るシーンがとても巧い。警察がローサをパクりに行くシーンで、外が大豪雨で環境音と聞き分けるのがたいへんなくらい「音が鳴っているかな?」と思うような程度で始まり、徐々に役者の心拍数があがるようにノイズが状況下とシンクロする。警察署へ着くまでノイズが流れるが、最後は雷が一発ドカーンとなる。このシーン、劇伴なのか環境音なのか?判断が微妙なくらいに真偽があいまいな“如何わしい”シーンに見られる。その後の劇伴についても人物の情にシンクロするような音響の使い方。これに関してはちょっと情に寄り過ぎなきらいがあるな、と思いながらも作品としては依然としてフィクションの強度を保っているので悪くなかった。

この映画の方法論をフィクションでやってのけて、ここまで生々しいものが生まれるとは…ものすごいものを見た。息子/娘たちが体験する出来事も面白かったのだが、長くなったので触れずにこの辺で。素晴らしい映画でした。

センチメンタルな旅・冬の旅

センチメンタルな旅・冬の旅

*1:もちろんデジタルにも現像工程はあるが、フィルムよりも絶対的な時間はかからない(その時々だろうが)

*2:クリストファー・ノーランなんかが有名ですよね。この辺は『サイド・バイ・サイド』あたりを見ると面白いかも

*3:デジタルノイズやコンパクトでどこにでも持ち運べることで撮れてしまう。生活感…等の獲得

*4:あくまでも投稿作品は創作物(フェイク)ではあるが

*5:また人の生活を盗み見ること…など

*6:本記事参照:http://www.tvlife.jp/entame/132740

*7:グラグラしたカメラ、被写界深度の浅いカメラ…等