Vimeoでジョルジュ・シュヴィツゲベルの『魔王』(2015)を見た(感想)

昨年、愛知県トリエンナーレ2016にてシュヴィツゲベル『魔王』(2015)がかかっていたのだが、会場が豊橋でもあったことでなかなか足が遠のいていた。そして、いくぞと構えたときにはすでにトリエンナーレは終了していた…。そんな絶望の淵から、Vimeoで購入できるらしいという情報を得てすかさず購入。Vimeoのすごいところは、今の時代、当たり前と言ったら当たり前になるが、HD画質で見られるのだ!シュヴィツゲベルは昔出た作品集しか販売しておらず、この手のアニメーション作品はなかなか地方で鑑賞するのが難しかったので朗報。

さて、シュヴィツゲベルの『魔王(Erlking)』であるが、シューベルトの『魔王(Erlkönig)』をアニメ―トした作品である。物語の筋立ては『魔王』のまんまなので触れないが、シュヴィツゲベル作品の中でも物語がある作品は珍しい。とにかく狂った動きを見せる『78回転』(1985)や『技』(2006)はアニメーションの運動快楽にあふれた作品ですさまじかったが、『魔王』のように明確に原作ありの作品をアニメ―トしたのは貴重なことで注目せざるを得ない。また、16:9の画面比をPC越しに満たせいか、iMacと9つの画面分割で始まるオープニングと、銀色のiMacの冷たい質感が相まって冒頭から独特の悦楽を感じることに。

9つに分割された画面は疾走する馬を捉える。画面は回転*1しながら、徐々にひとつの画面に統合されていく。ひとつに合わさり親子が映され、子供の見る幻影(魔王)が語り始める。ここで面白いのが、子供が見る幻影が、魔王と楽しく遊ぶ姿から始まるが、それは偽物だと気づいたように「ハッ」と逆向きの回転運動を始め、悪夢へと姿を変えていく様子だ。運動の向きが変わることで、楽しい/怖いを演出し、絵の色調、アニメ―トされた魔王の表情、音楽と、まるっきり違うものへ変容していく動きがいい。

"Du liebes Kind, komm, geh mit mir!
Gar schöne Spiele spiel ich mit dir;
Manch bunte Blumen sind an dem Strand,
Meine Mutter hat manch gülden Gewand."

魔王:「可愛い坊や、私と一緒においで
楽しく遊ぼう
キレイな花も咲いて
黄金の衣装もたくさんある」

闇へいざなおうとする魔王と子供の逃避に気づかない父親。古典的であるが、関係性を持たなければ*2、それは見ることはできない、といった問題が組み込まれている。フィクションを信じるか/信じないか、といったことともいえるかもしれないが、シュヴィツゲベルのアニメ―トした『魔王』を見て、改めて古典の巧みな虚構性というものに惹かれた。

"Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt,
Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt."
"Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an!
Erlkönig hat mir ein Leids getan!"

魔王:「お前が大好きだ。可愛いその姿が。
いやがるのなら、力ずくで連れて行くぞ」
お父さん、お父さん!
魔王が僕をつかんでくるよ!
魔王が僕を苦しめる!

Dem Vater grauset's, er reitet geschwind,
Er hält in dem Armen das ächzende Kind,
Erreicht den Hof mit Müh und Not;
In seinen Armen das Kind war tot.

父親は恐ろしくなり 馬を急がせた
苦しむ息子を腕に抱いて
疲労困憊で辿り着いた時には
腕の中の息子は息絶えていた

そして、いちばんの盛り上がりどころであるが、現実と虚構が同時に存在するかのように魔王、子供、父親が入れ替わり姿を変えていく姿をアニメ―トしているのであるが、これが本当にすごい。そして、「腕の中の息子は息絶えていた」シーン余韻のすごさ。ここでエンドクレジットに繋がるのは当然なんだけど、このクレジットのおかげで『魔王』の余韻というものがスーッと身体に浸透していく。ここ最近で見たどんなアニメーションよりもすごいかもしれない。こんな作品を見逃していたのは歴史的事件である。シュヴィツゲベルの中でもベストかもしれない。それくらい好きな作品になった。

Watch GEORGES SCHWIZGEBEL FILMOGRAPHY Online | Vimeo On Demand on Vimeo

*1:シュヴィツゲベルの作品で回転運動は定番的なアニメーションのひとつ

*2:持とうとしなければに言い換えたほうがいいのかもしれない