悲痛なまでの”痛み”を物語った大傑作/『中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」−劇場版−』を見た(感想)

自分が昭和後期の生まれということもあり「平成生まれではなくてギリギリ”昭和”生まれ!」ってことをなぜか主張していたような気がする。それと実際に”昭和の匂い”がするものに惹かれる。小説であれば京極夏彦の『百鬼夜行シリーズ』のドロドロした戦後の雰囲気が好きだったし、音楽であればムックの昭和歌謡ロックで”哀愁”と”痛み”を表現する手法に完全にまいっていた。語っているといくらでも文章がダラダラと続いてしまうので思い出話しは切り上げてるとして、中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」−劇場版−』を見てきたんだが、これがとんでもない”痛み”をかかえた傑作だったので熱い気持ちのまま書いてしまおう。

この『夜会』は資料によると、コンサートでもない、演劇でもない、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年より開始された企画。中島みゆきを聴きこんでいなかった人生だったけど、『夜会』ってのは何度か耳にしてきていたしTwitterでも好評だったので、ふらっと軽い気持ちで見に行ったのだけど完全に打ちのめされた。

中島みゆきの歌唱力はさることながら、脇を固めるガードマン役の石田匠、「バーねんねこ」の代理ママ役の中村中のパフォーマンスも素晴らしい。そして何と言ってもクリアで迫力のあるバンドサウンドとコーラス隊の力強さ。主演陣だけの歌声だけではあそこまでの雰囲気は出せないだろう。舞台上で主演陣が歌を歌いながら演技をする。映画だとわかりにくいけど、舞台下?あたりでバンドが演奏している。暗闇の中で演奏しているので「マジで弾いている(歌っている)のか?」と思うほど。映画だとカメラワークの関係で舞台上全景が見づらいので生で見てみたいものだ。2幕構成なのだけど、セットが変わるときも演出しながら変えてみせたり、気付かない間に変えてみせたり驚きが山ほどある。ライヴ映像のようにアーティストのショットをガンガン割っていくといったスタイルではなく、ロングショットを基調としてカメラを長く回してくれるのでとても見やすい。僕が見たのは小さい劇場だったけど、それでも音響の力強さには驚いた。多分これを生で見ていたら、音楽だけで涙出てくるだろうなってくらいのクリアで情感豊かなサウンドなんだろうな。

NOTE - 中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」 -劇場版ー

そして肝心の物語だけれど、これには完全に心をもっていかれた。これは戦前の昭和と江戸時代のふたつの時代が描かれている。まず昭和では占い師(中島みゆき)、ガードマン(石田匠)、代理ママ(中村中)は橋の下の地下でゆっくりと過ごしているが、この地下はすでに「シャッター街」となっており、ふたつの店しか残っていない。そして洪水時の地下水路にされるため、退去するように勧告されている現実だ。そしてもうひとつの時代(江戸)では、同じ場所であるが地下道ができる前のかつて川だったころの過去。中島みゆきは川の怒りを鎮めるために「人柱」にされ、夫の石田匠はそれを止められずに自殺を図ってしまう。中村中はネコ役で登場し、中島みゆきとの悲痛な別れのなか「人間になりたい」と、人間になれば彼女ら(彼ら)を助けられた…と。ようは「輪廻転生」的な世界観になっている。ラストシーンで彼女ら(彼ら)のなかに気憶が引き継がれている節が見えるだろう。

ダラダラと物語を書いていたけどラストはその「輪廻転生」的な世界観が否応なしにクロスオーヴァーしてきて、「演出:中島みゆき」の天才性を発揮するようなぶん投げで幕を閉じる。(いや、綺麗にオチているが絶句する)ラストシーンのクロスオーバー感は『心霊玉手匣4』で、昭和時代特有の”痛みは『アンティーク』『痛絶』の頃の初期ムック。そしてネコのくだりはもろにムック『ママ』が頭のなかで駆け巡った。なんども出てくる「檻」には、場所的(地下)といった意味(檻のなか)も考えられ、これは京極の鉄鼠の檻なのか?と混乱させられ、極めつけの「輪廻転生」的な世界観は神無月の巫女を連想してしまい、これまで中島みゆきを聴きこんでいたことがなかったのに、自分の人生史のようなものが一気に駆け巡ってきて最後は涙が止まらなかった…

これが果たして「映画」だったのか?といった問いには一生答えられないだろう。ただ、映画にせよ、音楽にせよ、自分が強く惹かれるものには”痛み”(破壊,悪意,闇)を表現しているもので、単に綺麗なものを追求したような作品には惹かれない。中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」−劇場版−』は確かに素晴らしい歌や笑いもあったが、悲痛なまでの”痛み”を明確に表現していた。一応「映画」といったフォーマットで公開されたので断言してしまうけど、いまのところ圧倒的な大差で今年のベストであるし、これは人生ベスト級なのでは?といった気もしないでもない。ぜひ生でも体験してみたいが、これを生で見たらどうなってしまうのだろうと怖い気もする。果たして何が「映画」なのかはわからないが「夜会」を初体験してしまった。これはBlu-rayも買うぞ。

夜会VOL.18「橋の下のアルカディア」[Blu-ray]

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