フィクションのリアリティについて/濱口竜介『ハッピーアワー』感想

『ハッピーアワー』実に不思議な映画だった。オープニングの列車がトンネルを通るシーンは、多くの人が指摘しているように侯孝賢の『恋恋風塵』を想起させるが、それ以後の5時間というものは特別強烈なショットは見られない。私的な映画記憶からは4人組のうち1人がフェリーに乗っていくシーンの波立つ海は『ゴダール・ソシアリスム』や『ザ・マスター』での船のシーンを想起せざるを得なかった。それはおそらくこの映画が、仲良し4人組がバラバラになりそれぞれ何かを見つけたり再認識する。ある種の「自分探し」のような旅をする映画に見えたからかもしれない。

神戸に住む仲良し女性4人組は30歳を超えているが、彼女らには家族がいたり独り身であったりと仕事もバラバラで全く共通項はないが、互いのスケジュールや境遇に気を使いながら”いい関係”を続けている。そんな彼女たちは「重心に聞く」というワークショップに参加し、4本脚の椅子がそのうちのたった1本脚でバランスよく立っている瞬間を目撃する。まるで4人が1つの共同体として綺麗に成立しているようなショットに見えるが、重要なのはその後の倒れた椅子を捉えるショットと音声(倒れる衝撃音)だろう。それまで”いい関係”を続けていた彼女らだったが、ワークショップに参加した後から、まるで椅子が倒れたことが暗示していたかのようにバラバラになってしまう。

・互いの真意に触れずに体裁を整えてきた夫婦(彼女)
・離婚して独り身になり仕事中心に生きているが、冒険できない保守的な彼女
・泥沼の離婚裁判に苦しみ夫と全くそりが合わない彼女
・息子には強気で「筋を通せ」という割に自分は肝心なところで仕事を選ぶ亭主にイラつく彼女
 (またセックスレス

具体的に結末には触れないでおくが、『ハッピーアワー』は「コミュニケーション」を主題としながら、映画の最後で彼女たちの境遇が解決するようないわゆる「ハッピーエンド」的なオチはない。彼女たちは各自何を思うのか?そしてこれからどう行動していくのか?と想像したくなるような余韻に満たされる。またそういった反面、居心地の悪さを感じてしまうようなシーンがあったり、映画を見ていてこれほどまでに自分自身が物語に呑み込まれた作品も珍しいと感じた。というのも主演4人は演技未経験であり、実際に映画を見ていても「演技が上手いな…」と思うような瞬間がないのも事実である。この映画の魅力としてはそいういった演技のリアルさというもよりも、ドキュメンタリー的な手法から得られるリアリティだろう。

詳しくは濱口竜介の『カメラの前で演じること』という本作の脚本と演出にかかれた本に掲載されているが、演技というよりも「餅は餅屋で」的な考え方で素人に日常通りの生活をさせるといった考え方でいる。濱口竜介が直近の『映画芸術』で『黒沢清、21世紀の映画を語る』に影響を受けたと明言しているが、カメラの前でどんなに素晴らしい演技をしても、結局演技に見えてしまうといった観点から今回の演出論に至ったようだ。

「カメラはレントゲンの眼を持っています。カメラは魂を覗き込んでしまうんです。カメラの前じゃ、正体を隠せないんですよ。それが映画のすごいところだと思いますね。」ーサーク・オン・サークー

先にいったようにドキュメンタリー的な手法で撮られているが、実際は脚本があるのでフィクションだ。黒沢清から着想を受けダグラスサークの言葉を借りて見つけ出した演出法。見ている間似ているなと思った作品は『テラスハウス クロージング・ドア』だった。趣味趣向は違えど、こちらも素人俳優を使いドキュメンタリーに近い手法で撮影されている。どちらもフィクションを撮っているが、映画的な瞬間がふっと浮かび上がってくる。この魅力をなかなか言語化するのは難しいが、フィクションということを確固として維持することで生まれるリアリティがあるのだと思っている。

さて『ハッピーアワー』の話に戻ると、冒頭で「自分探し」といった旅に見立ててみたが、最後までこの映画を見ていていると懐かしい別れの記憶を思い出して少しおセンチな気分になった。それはある人にとっては高校や大学のように、この映画が差しているのは人生の岐路「卒業」の瞬間に立ち会っているように感じたのだ。学校を卒業して物理的には友人たちとは別れが来る。でも、目には見えない糸をたどってみると、世界が繋がっているようにどこかで友人たちとも繋がっている。もちろん主演の彼女たちはその以後全く会わなかったということでもないし、むしろこれからも会うだろうと思うが、一つの区切りがつけられたように感じる。自分が”何か”を再認識できるそういった予感を与えてくれるような映画だったと思う。

カメラの前で演じること

カメラの前で演じること

サーク・オン・サーク (INFAS BOOKS―STUDIO VOICE‐boid Library (Vol.1))

サーク・オン・サーク (INFAS BOOKS―STUDIO VOICE‐boid Library (Vol.1))