幻の押井ルパンの系譜『THE NEXT GENERATION パトレイバー首都決戦』

ファンとしては、見に行かねばならぬといった妙な義務感というか、そんなもの持たなくてもいいのだけど、先日『首都決戦』を観賞し、実写『パトレイヤー』はコンプしました。

パトレイバー:押井監督「プロデューサーともめまして……」 ディレクターズカット版公開へ - MANTANWEB(まんたんウェブ)

10月10月『首都決戦』ディレクターズ・カット版 公開決定!!

押井さんがリドスコ推しなのは知っているけれど、ブレラン風にディレクターズ・カット版とか、しかも、まだ公開された直後だし…といった残念感のなかですが、はて?押井守ファンとしては、彼が認めた作品を見ておきたかったのだが、この前見た『首都決戦』とはなんぞや?とった疑問が湧く。筧さんは「けっこう謎が深まるカットが入っている。」と語っているし、この間の94分のバージョンに何を盛るんだろう?といった疑問もある。


◼『パト2』と『首都決戦』の差分
『首都決戦』94分版は、押井守自身が「『パト2』との差分がテーマ」と語っている。

『パト2』と実写――二つの線の重なりに押井守監督は何を映したか「パト2と現在の差分を描くことがテーマだった」実写版『パトレイバー首都決戦』 (1) "3"という数字はいつも根拠があると思っている。 | マイナビニュース

そのコメント通りに『首都決戦』の基本構造は『パト2』と殆ど一緒といっていい。押井さん自身が学生運動に参加できなかった世代だったことも関係しているのか、彼の作品には社会との絡みが切っても切り離れなくて、93年の『パト2』も東京を舞台とした虚構の戦争。ー「戦争は始まっていた」(『パト2後藤隊長

今回も東京を舞台とした虚構の戦争だったのだが、一番の差分は犯人の思想が見えないことだろう。『パト2』の柘植行人には、犯行に及ぶ明確な思想があったが、『首都決戦』の灰原零からは明確な「戦争する」理由が一切語られなかった。彼女は一人バスケットゴールを狙うように、ただ目標に向かって破壊活動を続けるだけの存在。そして、敗れた彼女は、臆することなく東京湾を泳いでどこかに向かってしまう。彼女がグレイゴースト(=見えない戦闘ヘリ)に乗っているのも、「存在の不安定」や、「理由がない」を物語った演出だろう。灰原零自身が「虚構」の存在だったのである。


◼幻の押井ルパン
さて、灰原零の戦う理由が「語られなかった」ことが、『パト2』との一番の差分だとすると、思わず『幻の押井ルパン』の系譜だったのだろかと想起してしまう。WEB探せばいくらでも出てくるだろうけど、キネ旬『THE ルパン三世 FILES』ってので本人のインタビューが載っている。この本がなかなか良くて、大塚康生さんの記事もあるし、出崎統の対談もある。

主要な部分は、旧WEBアニメスタイル藤津亮太さんの記事がうまくまとまっている(WEBアニメスタイル_特別企画)。『幻の押井ルパン』は、押井さんらしく、全てが虚構だったっていう映画になる筈だった。結局、「ルパンってなんだったんだろう」ってのでルパンをある意味で終わらせたかったんだと思う。逆にその企画が通っていれば今もルパンが放送されていたか?と言われると微妙でしょうね。

灰原零の人物が見えないのは、『押井ルパン』での「ルパンって何者だったんだろう?本当にいたのだろうか?」といった虚構のニュアンスに似ていると思う。「ゴーストが囁く」といった『攻殻機動隊』の草薙も押井ルパンの系譜ー「主人公が不確定」(『THE ルパン三世 FILES』p36より)。もともと「天使の化石」を盗む予定だったのは『天使のたまご』に反映されているし、『押井ルパン』がその後の作品に拡散していった。

極め付けは、劇パト一作目の初期構想では帆場瑛一を『押井ルパン』のように「何者だったのだろう」と語ろうとしていたように、押井ルパン→パト1(初期構想)→パト首都決戦といった流れがあるのかなと。『アヴァロン』も虚構だったしね。

だから、98年の頃は「だからもうスカスカ、だしガラになっちゃった(笑)」と語っていたけど、さらに10年以上の年月が経った現代にそのニュアンスを取り込んでいたのではないかと。何度も使ってきたネタだから、精度が増してくるぞ〜なーんて考えてはいないと思うけど。『押井ルパン』は、本当に悔しがっていたらしいし、名残惜しいものはあるだろう。だから押井さんといえば「虚構」の人ってイメージも定着している。


押井守自身の差分
最初に話が戻るけど、『パト2』との差分と語った背景。彼自身にも差分が生まれているのではないかな?と思った。まず、『パト2』発表後に、『「パトレイバー2」演出ノート』を発表し、宮崎駿が「ハイジ」でやったレイアウトから勉強したり、小林七郎から学んだりして、押井さんが発明とした「レイアウト・システム」を若いアニメーターたちに学んでもらうように本にしてる。


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でも、実写にあたり「レイアウト・システム」は使っていないらしい。何で読んだか忘れてしまったのでソースが不明確であれなんだけど、実際にロケ地に足を運んでから、作り込んでいくというか、撮るってのにこだわったみたいですね。まず、「レイアウト・システム」を使っていないのが、彼自身の差分ですね。それと、ディレクターズ・カット版でどうなっているか知りませんが、『パト2』の日常における虚構の戦争の「日常感」が薄れていたように感じた事。押井さんって「世界観→物語→キャラ」って順で作品作ってきた人だけど、『首都決戦』は何だか、世界観とキャラが対等というか、すごく近い関係にあるなと思ったんですよね。

彼自身「三人の女の物語」と語っているように、カーシャは愛されていたし灰原零の凜とした顔も綺麗(森カンナ正義!)だったし、明も最後まで愛されていましたよね。そもそも実写をシリーズ化したってのが、『パト2』との差分でもあるんだけど、積み重ねによってキャラに愛情なるものがもしかしたら芽生えているのでは?なんて考えたわけですが、まあ、本人に伺ってみないとわからないですね。


◼差分っていうけど、『首都決戦』94分版どんな物語だったの?

差分ってのは、『パト2』と比較した時にわかるもの。実際に見た『首都決戦』は、なんだったのかというと、やっぱり「無能」と呼ばれた特車二課・三代目の物語だったんだろうね。シリーズ化することで「差分」がわかり易くなるわけだけど、先輩たちからの遺産を持つ「無能」と呼ばれた彼らが、どんな選択をしていくのか、脅威と如何にして戦うのか、「現代の人たちがどのように選択していくのか」がテーマになるのかな。現代の人を三代目に見立てたわけだ。それで『パト2』との差分を使った。

どうせディレクターズ・カット版も見るわけだけど、差分以上の三代目の積み重ね見たいのを見たいね。柘植行人が「もう少し見ていたかったのかも知れんな。この街の未来を」って語っていたように、僕も「もう少し見ていたかったのかも知れんな。押井守の未来を」っていう感じで待ってます。(偉そうだ)また、『東京無国籍少女』も公開されるしね!

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