時間の魔術師 テオ・アンゲロプロス『エレニの帰郷』

今年の上期に公開されていた『エレニの帰郷』をDVDで再見。

『エレニの帰郷』は2004年の『エレニの旅』に続くテオ・アンゲロプロスの映画。彼は2012年アテネ郊外で新作映画の撮影中バイクに跳ねられ亡くなってしまい、『エレニの帰郷』が事実上の遺作となってしまった。

『エレニの旅』はロシア革命で追われた人たちを題材としており、「エレニ」と「スピロス」の何十年にも渡る恋愛を描いています。『エレニの帰郷』は『エレニの旅』で語られた後のお話で、その後彼らがどうなったか?という時間軸と、現代でその後のエレニとスピロスが帰郷を果たすまで、一生を終えるまで、の二つの途方も無い時間軸を描いている。

この映画は(人生の)「時間」を物語る映画。その最大の効果を得る特徴として”上映時間”が挙げられる。彼の映画を1作でも見たことがあるなら思うだろうけど、テオ・アンゲロプロスの映画は上映時間が非常に長い。そして、息を呑み込むほど美しいロングショットに、長回し。なかなか手を出しづらい作品だと感じてしまうかもしれないが、例えば、同じくロング+長回しを得意とするアンドレイ・タルコフスキーの映画と比べれば、個人的な感覚として役者がよく動くし、フィックスというより、クレーンでカメラが動いたり、ジッと人の動きを追い回したり、意外とカメラがよく動くと感じるので、キャッチーに感じる。そして、今回の『エレニの帰郷』は『エレニの旅』が170分に対して125分と約60分短くなった上に、過去と現代を行き来するので、実際は時間がものすごく圧縮されている。しかしながら、その圧縮があっても、一つ一つのシークエンスはとても優雅な時間を与えてくれ、決して急ぎ足な感覚にはならない。

先に挙げたアンドレイ・タルコフスキーの作品も比較的長尺な作品が多いし、近年で長尺映画だとクリストファー・ノーラン。彼の作品もバットマンシリーズを手がけてからか、ジャンル映画の枠組みのわりに3時間近い作品が多く、先日の『インターステラー』も長尺な映画だった。インターステラー』も時間を物語る映画だったように感じる。理論は正しいのか間違っているのか、理系ではないので定かではないが、ワームホールを超えて別世界に行き、挙げ句の果てにブラックホールに吸い込まれることで、時間軸を全てぶっ飛ばし時間という概念をぶち壊した演出をしてみせた。今までの「バットマンシリーズ」や『インセプション』などで見せたハッタリを脱ぎ捨てて、若干『プレステージ』のタネ明かしに戻りつつ、愚直にやりたいことを表現したように感じる。そんな概念のぶち壊しからか、”時間の魔術師”と一部では呼ばれているとかいないとか…*1

ただ『エレニの帰郷』は125分だ。『エレニの旅』のように、途方もない時間をかけ、途方も無い美しさ、繊細な風景をダイナミック映すということは、今回控えめにされ、あくまでも「エレニ」との繋がりを撮り続けた作品。二つの時間軸を描きながらも、時にはワンカット中に役者が時間軸を超え、当時の出来事が、今そこで起こっているかのように演技をする。テオ・アンゲロプロスにしては、たったの125分という時間の中であるが、彼こそ役者を思い通りにタイムトラベルをさせることができる”時間の魔術師”といっていいだろう。

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ここからは僕の勝手な妄想話に発展する。
本作ラストカットでエレニとスピロスが、雪の舞うベルリンを手を繋ぎながらカメラの方向に駆けていくところで幕を閉じる。

そこで、僕が想起したのが魔法少女まどか☆マギカ【新編】叛逆の物語」のエンドロールだ。「まどマギ叛逆」のエンドロールでは、本編ですれ違いをし続けた「まどか」と「ほむら」のような影が、エンドロール中にゆらゆらと揺れながら、最後、手を繋いでカメラとは反対方向に駆けていく姿で終わる。彼女らは永遠の時間の中で、叶わなかった理想の現実を夢の中で過ごしていく…。それが、人を絶望まで落とし込んだ「まどマギ叛逆」のせめてもの優しさであり、一生叶うことの無い未来(希望)も存在するのではないか?と思わせるが、それでも、”願う”ということは、素敵なことだなとほっこりと思わせるのである。『エレニの帰郷』のラストカットは、「まどマギ叛逆」のエンドロールで、まどかとほむらがあの笑顔で駆けていたらどんなに素晴らしいことかと。無音のエンドロールで、たっぷりとそんな想いに浸る時間を与えてくれた。映画自身だけでなく、テオ・アンゲロプロスは僕自身にも時間の魔法をかけてくれたのだ。

また、「まどマギ」のほむらは時間遡行の能力を持ち、自由に時間を巻き戻すことが出来る。まどかは神様として、全ての時間に概念として存在する。少し強引と願望が混じっているが、「時間」という物語繋がりとして「まどマギ」はこの作品と通ずるモノがあるなと感じる。

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恐らく『エレニの旅』を見ていなくてもある程度は面白いと思う。それは、カメラワークだったり役者の演技、美しい映像と、映画ファンを刺激するに充分なポテンシャルを持ち合わせていると思うからだ。ただ、彼の映画に慣れていない人は突然役者が時空を超えたり、ラストの意味に戸惑うだろうと同時に思う。どちらにせよ、偉大な巨匠の遺作となってしまった作品として一度は見た方がいい映画と思います。

エレニの帰郷 [Blu-ray]

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*1:黒沢清は映画はジャンルに90分、肉付けして+30分でいいと言っていたような…