夏のバカンスは一瞬で過ぎ去る『女っ気なし』※ネタバレあり

バカンスでの恋沙汰は、刺激的であるが一瞬で過ぎ去ってしまう。僕はなかなか海へ出かける事もないが、こんな映画を観た後には海に気持ちが向いていく。『女っ気なし』はギョームブラックの前作である短編『遭難者』に続く物語だ。

短編『遭難者』は、自転車でパリから郊外の海辺の街へ走っていたらちょっとした事件に巻き込まれる男の話である。彼は自転車のパンクを3回したり、親切に声をかけてくれた地元民がスピード違反で捕まるなどをしてなかなか目的地にたどり着けない。
そんな目的地にたどり着けない彼は、恋人との倦怠期問題を抱えている。彼女に「自転車が3回パンクして、親切な人に助けてもらったんだけど……」と電話で説明してもなかなか信じてくれない。よくあるなんてことの無いやり取りなのだけど、彼にとっては堪え難い事象である。ホテルに泊まった彼が地元民の家に立ち寄ってしまうのも、どこかで誰かに助け舟を出してほしいからだろう。自転車をこぐ彼は「峠を超える」のが趣味だと語っているが、「遭難者」である彼は峠を超えられずに自分の居場所を見つけられなくなってしまった人物である。
居場所を見つけられなくなってしまった彼は、地元民の引き起こしたちょっとした事件をきっかけに彼女との対峙を果たす。ラストカットで泣いていた彼は、今後どのように峠を越えるか楽しみでもあるが、彼の遭難(物語)はここで終わってしまい『女っ気なし』では別の人物にスポットが当たる。

『女っ気なし』は、自転車乗りに親切してくれた地元民にスポットを当てる。彼は、禿げた頭、ダサい格好、趣味は家でゲーム、と言った非リア充の典型といった風貌である。

■あらすじ
夏の終わりごろ、パリからフランス北部の小さな海辺の町へ、魅力的な母娘がバカンスを過ごしにやって来る。彼女たちに、自分が鍵を管理するアパートを貸すことになったさえない独身男性シルヴァン(ヴァンサン・マケーニュ)は、母娘と一緒に買物や海水浴に興じて楽しい夏の日々を過ごす。そんな折、友人のジルが……。

まず、僕は夏のバカンスを語るにあたって、どんな人間ドラマよりも「ロケ地」が大切かとこの映画を観て思った。露出オーバー気味な眩しい光を目一杯使い、ロングショットで白い砂浜と綺麗な海、そしてパラグライダー(呼び方がわからない…)。フランス郊外の風景。白い砂浜と金髪赤ビキニ白い肌、、と、観ているもの自身もどこかバカンス気分にさせてくれる風景や人。それだけでニヤニヤとしてしまう。

『遭難者』で自転車乗りに事件を引き起こした地元民のシルヴァンは、2年前に彼女と別れたっきりのモテない男である。彼の風貌から察するに、2年前に彼女いたのも信じがたいと言う方もいるだろうが、世の中には平等に幸せはやってくるのである。(心にもないことを…)
シルヴァンが管理するアパートにやってくる親子は、ノリノリの40代くらいのぽっちゃり気味のお母さんと、やせ形で金髪がよく似合う可愛い娘。『遭難者』でも親切だった彼は、この来訪者にも親切に接し、いつの間にか距離が縮まっていく。恋多きお母さんに惚れた彼は、翻弄されたあげく空っぽな男に彼女を取られ失恋してしまうのである。

物語の途中で、シルヴァンが友だちのおばさんに恋愛相談をしていたときにこのような話があった。

「旦那さんとあなたはどちらが先に声をかけたの?」
「どちらからでもないわ。一緒に歩いていて、いつの間にかに手をつないでいたの」

会話がなくても映画は作れる。むしろ、映画はそう言ったものだと言われた気がしてハッとしてしまった。そして、お母さんをナンパする警備員(?)は、彼女をものにするために、ありとあらゆる事をべちゃくちゃとしゃべりまくる。これは、おばさんが話していたことと逆の事をしていることから、結果は見えてしまっている。

おばさんの台詞も関係してくるが、この映画ですごいのは誰も「好き」という言葉だったり、そのようなニュアンスを伝える言葉を極力使わないこと。映画は言葉じゃなくてあくまでも「映画なんだ!」ってのが力強く伝わってきた。
それから素晴らしかったのがラストシーン手前のバカンス終了前夜に惚れた女の娘がシルヴァンに別れを伝えにくるシーン。そのシーンがまさに映画的。娘はもちろん「好き」なんて言わないし別れを伝え涙する。そして、極めつけ「今日は帰りたくないの」とモテない男ならいちころの台詞にシルヴァンはまんまと落ちてしまうのである。
特に良かったのが、彼女が去ったあとに、彼女がいたベッドにほほをスリスリしてぬくもりを感じるところ。あれが夏のバカンスを象徴するこの映画の頂点であり、拍手したくなるくらい良いシーンだった。
他にも素晴らしいシーンは山ほどあって、なかなかクラブにノレないシルヴァンが手を叩くシーンとか、夜のクラブを真っ正面から構えたショットとか、いちいちハッとさせられるシーンが多くてニヤニヤしていた。

夏のバカンスはひとときであったけれど、シルヴァンは彼女がいたのベッドのぬくもりを忘れることないだろう。これは傑作でした。