松田龍平がモヒカンにした理由『モヒカン故郷に帰る』(感想)

「世の中全ての事象に意味があるとは思わないほうがいい」殺人犯が逮捕されたときに犯人の身辺を洗い出し犯人像をマスコミは勝手に予想する。犯人はただむしゃくしゃしていたから人を殺したかもしれないし、偶然殺してしまったかもしれない。ただ人間は何も理由がないのに人を殺してしまった理由がないことに不安になる。だから理由を無理やりにでも作る必要があるのだろう。ただ劇映画(フィクション)ではどうだろうか?例えば、撮影して後で見直してみると妙なものがカメラに映り込んでいたり、実際に公開されてから何か気づくといったことはないだろうか。それは偶然に過ぎないが、基本的に劇映画では自覚的に演出をする。それは物語を象徴するようなものが多いだろう。大体は理由があるものである。

さて沖田修一モヒカン故郷に帰るであるが、タイトルは木下恵介の『カルメン故郷に帰る』をそのまま頂戴しているのは言うまでもない。主演の松田龍平デスメタルバンドのボーカルで、CDはリリースしているもののどうやらメンバーのたちは今後の活動について悩んでいるようだ。この松田龍平の役所に意見のようなものは殆どなくメンバーの意見に流されている。また彼女である前田敦子は妊娠しているようで、何年も帰っていない松田龍平の家に挨拶しに行かなければならないだろう?と、これも他人の意見に流されて挨拶しに行くことになる。

恐らくデスメタルハードコアパンクの知識がない人から見ればここまでのシーン全く気にならないだろうと思う。むしろ、前田敦子の眉間にしわを寄せる寝顔芸に笑いを誘われ、和やかなムードで鑑賞できるはずだ。ただ僕はまずここで「ん?」と考え込んでしまった。それと同時に「この映画はもしかしたら◯◯◯◯が主題なのかもしれない。」と。まず何を思ったか?それは冒頭のライヴシーンである。当初映画を鑑賞する前にこの映画のビジュアルとトレーラーを見た際に「ハードコアパンクの兄ちゃんが田舎に帰る映画かー。」と思ったものである。それは”モヒカン”だったからである。音楽界のモヒカンファッションはパンク色が強い。わざわざ劇映画でモヒカンにするならパンクやろ?と思うのが普通だと考えられる。ただ、冒頭始まったライヴではデスメタルが演奏されていた。デスメタルは基本的にロン毛に黒いバンドT、そして軍物のパンツといったファッションが基本でパンクと比べるともっさりしているなと思うファッションが多い。そしてそのライヴの観客席を見てみると殆どがパンク好きそうなファッションをしている連中ばかり。

実際のところ、客層というものは対バン*1によってガラッと変わるので一概に音楽と客層があってないとはいいきれない。また、お客だって別にひとつのジャンルが好きなわけではなかろうし、別にそこを責める気もさながらない。バンドマンも数バンド掛け持ちであれば色々なファッションが入り混じるのは仕方がないことである。しかしながら、何度もいうがこれは劇映画(フィクション)である。このライヴシーンは表現として自覚的に作られた物と推測するのが当然だろう。ではなぜ松田龍平はモヒカンにしたのだろうか。もちろんファッションアイコンというよりか、映画で音楽を表現するにモヒカンはわかり易いたとえだろう。でもそうじゃない。冒頭のライヴシーンがそういったパンクファッションとメタルが交わる”チグハグ”さを表象しているように、この映画は”チグハグ”さを主題として物語が作られている。

映画を見ていればわかるだろうが、この映画からは運動的な魅力が削がれており、ギャグに映画の大半をかけている。死にそうな老人をギャグに使ったり、病院の屋上で入院中にもかかわらず対岸の屋上の吹奏楽のコーチをしてみたり、そういった笑いのみで物語を展開してみようとこの映画は試みる。そういった妙なチグハグ感が妙な感動やどこか暖かい気持ちにさせるのが目的なように。極め付けはラストの松田龍平前田敦子の結婚式。土砂降りで本土からシスターが式に出られない、そこで入院中の患者がシスター(本物らしい)が代わりに仲を取り持つ。もともと親父の願いで結婚式をすることになったが、結婚式中に「断末魔」を挙げて死ぬ。ここで流れるのは松田龍平デスメタルバンドの「断末魔」という曲。つまり、こういったチグハグさで生きる者としに行く者を対比させた作品なのである。だからデスメタルなのにモヒカンだった理由はこの”チグハグ”さを冒頭のライヴシーンで象徴するためだったのだ。なんともよく考えたなと思う。

しかし単純な感想として退屈だったのは否めない。そもそも画面から弾き出るものが表面的(台詞,ギャグ)なものとして狙っているのであれば全てフィックスによる撮影でいいのに、動かしたくてしょうがなかったのか途中でカメラを引いて役者を走らせたり、横移動を入れたりする。まあそれもチグハグしていたのかもしれないが…。

*1:よほどメジャーなバンドじゃない限り1バンドで箱を埋めるのは至難の技なので基本は数バンド集めてライヴをするのが普通