ある日、山から帰ってきたら人が変わってしまっていた――ナ・ホンジン『哭声/コクソン』感想

ナ・ホンジン『哭声/コクソン』を見た。(演出について書いていますが、物語の結末には触れていません)

古くからの言い伝えで「神隠しにあった」とか、「道を歩いていたらいつの間にかに全然違う場所にいた」といった物語がある。どうだろうか、最近だとデジタルりマスターされて再フィーチャーされていた、ピーター・ウィアーの『ピクニックatハンギング・ロック』(1975)なんかは実話がベースになっているが、ある日、山に行ったら女学生が消えてしまったといった物語が存在する。日本でいえば中平康『結婚相談』(1965)では、ある日、山に行ったら頭がおかしくなって帰ってきた……といったキャラクターが出てくる。何かに触れてしまうことや怪異に化かされることによって、突然と人が変わったようになってしまう。京極夏彦『塗仏の宴』(1998)でも山奥の村にまつわる事件が起き、まるで化かされたかのように物語が右往左往する。このように何がなんだかわからないけど、超常現象によって摩訶不思議な世界に引き込まれるといった物語はたくさん存在する。

ナ・ホンジンの新作『哭声/コクソン』は、まさにこの手の「わけがわからないけど何かが起きて村ごと巻き込まれてしまう」物語だ。簡単にあらすじを書くと、コクソンと呼ばれる韓国の山奥の村で、残忍な殺人事件が起こる。犯人は逮捕されているのだが、どうも様子がおかしい。相次ぐ不審死に警察が捜査をしていると、最近山に住みはじめた「日本人」の怪しい噂が入ってくる。変化を恐れる平和な村の警察は「よそ者」が悪いという先入観から日本人に危害を加えることになるが、決して解明されない「何か」に右往左往する。はたして事件の真相はなんだったのだろうか?と。

本作が面白かったのは右往左往される物語でもあるが、「よそ者」つまり、“外からやってきた者”であるように、何かが画面の外から内にやってくるといった演出が物語と密接に絡み合っていたことだ。例えば晴れているのに突然雨の音が聞こえてきて、徐々に画面の外から雨が降ってくる。そして雷の音が聞こえてくると思ったら、真上から雷が落ちてくる。また、犬が襲ってきて扉をぶち破ってきたり、部屋の仕切りが重要な意味を持っていたりと、オフスクリーンや仕切りの演出が巧い。それが外からやってきたもの(よそ者)であることを強調するように。それと面白いのが、「日本人」の話が「全裸でシカを食べている…」といった嘘か誠かよくわからないような胡散臭い噂であること。この「胡散臭さ」は、画面からも伝わってくる。例えば冒頭から晴れているのに、なぜか雨が降っていたり(山の天気が変わりやすいのだろうと思うが)、現実と虚構どちらなんだ?といったシーンが存在したり、まるでデタラメなシーンの連続。殺人事件が起きているのになぜかコメディノリであったりと、どこかズレていて胡散臭い。

このノリはなんだろうか?と思っていたのだが、いうなれば投稿モノで構成される心霊ビデオと似たようなノリだなと感じた。特に交番で「日本人がシカを食べていて、こちらに気付くと襲ってきた」といったシーンなんて、まさに心霊ビデオのノリ。とういうか物語だけ見ていると白石晃士の映画的キャラクター(祈祷師)など、日本で60分〜70分程度でやっている低予算・心霊ビデオものをミステリー、スリラー、コメディ、ゾンビ、エクソシストといったあらゆる要素をぶち込み156分かけてやったという何とも大げさな映画なのである。

かなり右往左往する物語なので、「何が起きているんだ」とあたふたしてしまうが、事件の真相に関しては画面に注力していると、点と点が繋がりあうような仕掛けづくりがされている。ただ正直なところ「そんな風にもとれるな」といった真意をひたすら隠したりする為、本当にそうなのだろうか?と疑問も持つ点もいくつかある。重要なのは「よそ者」という言葉。これに惑わされていくが、重要な意味をもっている。それと疑心暗鬼。そう信じてしまえばその通りに現実も表象されていまう……といったような。(結末には触れたくないのでこの辺でやめます)

それと本作レーティングはGであり、規制されていない。確かに起こっていることは悲惨ではあるが、そこまで直接描写が多いわけではないし、主題がそこにはないので避けられたのだろうと考えられる。室内の薄暗いシーンでは、意図的に照明が落とされグロテスクなシーンは見づらい。この物語自身が「なんだかよくわからない」デタラメな噂話であることから、主題的背景からいっても「事実が見づらい」といったことから撮影されているのではないだろうか。物語的に読み解いていくと、古くは柳田國男の『遠野物語』(1910)であったり、文化人類学民俗学、妖怪論で著名の小松和彦による『異人論―民族社会の心性』(1995)などと絡めていくと面白いのではないのであろうか。主に私が読みたいので誰かに書いてもらいたい。(願望)

ナ・ホンジンは『チェイサー』(2008)にノレなかったので、次作の『哀しき獣』(2010)をスルーしていたのだが、どうもスタイルを大幅に変えてきたようだ。多分、日本のホラー映画や心霊ビデオ*1をかなりみてごった煮に詰め込んだスタイルになったのだろう。だからなのだろうか「強いショット」というものは感じられず、それよりもはるかに画面から力の抜けたようなショットに見えた。なかなか言語化しづらいのであるが、そういったショットによって、オカルト、心霊ビデオモノはフィクションの強度を保つことができる。*2

正直なところ156分の上映時間は長すぎるので、70分くらいに纏めてくれたら今年のベストと断定してもいいと思ったのだが、それでも怪作であるし、韓国映画といえばバイオレンスといったムーブメントからも外れた作品が出てきたのが嬉しかった。次作も楽しみですね。とりあえず今度『哀しき獣』を見てみようかな。

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口語訳 遠野物語 (河出文庫)

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異人論―民俗社会の心性 (ちくま学芸文庫)

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*1:『呪いのビデオ』『闇動画』『封印映像』等々

*2:『監死カメラ16』(2016)や『妖怪カメラ』(2015)を参照されたい。