起源をめぐる冒険/トム・ムーア『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』感想

アイルランドの監督が地元の民話ベースに東映アニメへオマージュを捧げながら傑作を作り上げた。いやはや恐れ入ったとはこのことだろうか。どうも『わんぱく王子の大蛇退治』のキャラクターデザインを意識しているようだが、それだけではなく東映アニメのように神話を物語のベースに置き、「漫画映画」を意識させるような作品設定がなされている。画面設計もきわめてシンプルに2D、しかも紙芝居的な平たい絵が特徴的だ。技法そのものは今まであったものの活用であろうが、「神話(民話)」の物語を引き立てるために、まるで絵本の世界に入り込んだような水彩画的な背景。平たい画面ながら青(海)のイメージを基調に、そこには幻想的な世界が広がっている。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』ではキャラクターデザインを東映アニメベースにしながらも、頭を大きく描き等身を下げてより子供にも受け入れやすいような可愛いデザインにしている。オマージュを捧げながらも現代人に「古い」と思わせない配慮がなされている。*1シンプルなスタイルながら、それだけに物語の没入しやすく、滑らかなアニメーションに注力してみていられる。線が動きすべてが繋がっているような表現方法。決して派手さはないが、丁寧かつ表現豊かな作品だ。

また「神話(民話)」を意識させるよう「円環」のモチーフが繰り返し描写される。丸い顔のキャラクター、シアーシャ吹く貝の笛、光の粒、泉、泡、月、蜘蛛の巣、窓…と、全部あげたらどのくらいのモチーフが隠されているのかわからなくなるくらい多数描かれている。円環のモチーフはいわば「神話」の持つ永遠性といえる。「アザラシの伝説」が母から子へ言い伝えられるよう、人が存在する限り語り継がれる。また永遠性といったモチーフは「線の動き」とも言い換えられないだろうか。フクロウの魔法の力を借りてク―(犬)が全速力で家に戻るとき、まるで絵がひとつの線のように繋がりながら躍動している。

「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」トム・ムーア監督インタビュー 前編 民話を身近な存在として現代に甦らせたい | アニメ!アニメ!

監督のインタビューによるとあの動きはコンピュータ上で動かしているようで、水彩・背景は「手描き」によるもの。線はまた「髪の毛」とも言い換えられ、シアーシャがフクロウに連れ去れ、助けに行く途中で出会う髪の毛の長い老人(妖精)。「髪の毛は命だ。髪の毛が切れていないうちは生きている」というように、いわば起源である命をめぐる冒険なのだ。

この「線の動き」は同じく今年公開された『父を探して』にもいえる。線がどこまでも続いていき、主人公が父を求めて世界をめぐり、綿花を摘む仕事、工場の仕事、人間から機械によるオートメーションへ。そして軍事政権…とまるで人類史を表現しているかのような物語。そういった社会を見ながらも最後には起源へ帰っていく。いわばアニメーションの起源をたどりながら世界の起源も同時にたどっていくような物語だった。『ソング・オブ・シー 海のうた』のキャラクターの動きも灯台から祖母の家、そしてまた灯台を目指すように起源にたどっていく。

2013年に公開した『かぐや姫の物語』でも「線の動き」をめいいっぱいに活用したのは偶然ではないだろう。こう考えていくと、高畑勲の心をつかんで離さなかった『やぶにらみの暴君』(1952)が海外の作品だったことから、海外から日本(東映アニメ)へ、そしてまた海外へめぐる起源をたどる物語のようだ。そんなことを思うくらい本作にはノスタルジーな気持ちにさせられてしまった。しかも単に東映アニメをそのままコピーするのではなく、コンピューターも駆使することで現代に蘇らせている。これは海外からの日本へのひとつの回答だ。「手描きアニメ」ファンとしても素晴らしかったと声をあげていきたい。見た後にぐっと何か胸をつかんで離さない、行動を起こさなければならないと奮い立たせるような映画だった。

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (オリジナル・サウンドトラック)

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (オリジナル・サウンドトラック)

*1:「古い」というのも個人の尺度なのであと時間が経てば新しいといった可能性はある。ファッションも何度も同じ流行が来るが、過去のものを現代スタイルに落とし込んでいる。