「日陰」と「階調」/尾石達也『傷物語〈II熱血篇〉』感想(演出メモ)

尾石達也傷物語〈II熱血篇〉』を見た。

『鉄血篇』と比べても面白かった。前作(『鉄血篇』)はドラマツルギーと戦う前に暦が吸血鬼になるところまでの物語で、描き方によってはもっとコンパクトにまとめられたように見えた。ただそれは時間をわざと間延びさせることで濃密にキスショットと暦が出会った瞬間を印象的に演出するためだろうから野暮なことはいわないでおいて。今回の『熱血篇』、前回同様に「間延び」する演出はもちろんのこと、戦闘パートの素早いシーンを見せられることで時間を「圧縮」しているようにも感じられ、自由自在に時間を伸縮させることで映画を実現しているように感じられた。以下から簡単に感じられたことを項目ごとに書いていく。

  • 「ギャグ/シリアス」

前段で触れた時間の圧縮と間延びだが、そのまま「ギャグ/シリアス」にも言いかえができると思う。冒頭ドラマツルギーと暦の対峙シーンから始まり、ムードが立ち込め音楽もそれ相応の緊張感のあるものがかけられる。しかし一転してタイトルクレジット。そのあとに暦と羽川のギャグがひしめくシーンに移行してしまう。同じようにエピソードやギロチンカッターとの戦闘シーンの前にも羽川とのシーンが混入される。シリアスとは対極な緩やかなシーンだ。逆に戦闘シーンはお情け無用のシリアスなムードが立ち込めドラマツルギー戦では「雨と風」、エピソード戦では「砂埃」、ギロチンカッター戦は「木々」といった自然がその闘いを盛り上げる。そしてなお、何が起こっているかわからないくらいのスピードで展開される戦闘シーンは圧巻だろう。そうやって時に緩やかに、時に緊張感で伸ばしたり、縮めたりと私たちから時間を奪う。

  • 「音響効果」

前段の「ギャグ/シリアス」に一味スパイスを与えているのが劇伴である音響効果。もろに『2001年宇宙の旅』をあんなシーンで重ねてきたのは笑った。それ以外にも例えば暦がドラマツルギーに手を吹き飛ばされて腕が再生するシーン。四肢から腕が映えていることが視覚化されが、そのときに赤ちゃんの産声のような音を重ねている。『鉄血篇』でキスショットが命乞いして泣き叫ぶときにも赤ちゃんの産声が重ねられていた。こうやってキャッチーに映像と音響を重ねることで、音響も忘れてはならないものだと当たり前のことを意識つけられているように思える。

それといきなり話が脱線するが、人が真剣な話をしているときに笑ってしまった経験はないだろうか?「ギャグ」と「シリアス」の差異とは何なのか…と思うことがある。こんな話をするのも『熱血篇』では視覚的効果によって「ギャグ/シリアス」の曖昧さを示していたと思うからだ。さて、ドラマツルギー戦でのラストショットを思い出していきたい。暦が気合の入ったピッチングフォームから野球ボールを数球投げる。途中で鉄球が混じっていてドラマツルギーが倒れる。そして猛ダッシュする暦の足元のショット。ドラマツルギーが降参するシーンと暦が“まるで”ガッツポーズするようなシーンがロングショットでおさめられる*1。ここで暦が“まるで”ガッツポーズをしているような音響がかけられる。このショットは一見「ギャグ」なシーンに見えなくもない。そしてさらに次のロングショットでその正体が判明する。それは暦が巨大なローラーをドラマツルギーへぶつけようと高らかに掲げていたからだ。原作を知っている私たちも一斉に“実は”シリアスだったシーンに納得する。まるでこのシーンは「ギャグ/シリアス」の境界は時に曖昧であると示したシーンに私は見えた。

そんなドラマツルギーとの戦闘では緊張感のある劇伴がかけられていたが、エピソード戦では一転してジャズ?*2のような劇伴がつけられており、ここでもまた「シリアス/ギャグ」の揺らぎのようなものが感じられた。思えば羽川があの現場に近づいていた…と考えれば納得の音だったのかもしれない。この辺は是非に「尾石メモ」*3 を公開してほしい。あとコンテも。

  • 日陰の物語と階調

前回『鉄血篇』(やっと始まった、僕の2012年『傷物語〈Ⅰ 鉄血篇〉』感想 - つぶやきの延長線上)の感想を書いたときに、日陰の物語だといったことを書いた。それは吸血鬼が闇の存在。引き立てるように日章旗や太陽を印象的に見せていたってことなのだが、『熱血篇』を見てさらにここにはその真ん中である階調(および階層)もしっかりと表現されているなと考え直した。

最初の項目で「ギャグ/シリアス」と書いたが、すごく繊細な青春ともいえる「日常」パートも今回は印象深い。『鉄血篇』の時、羽川と暦は“出会った”様子が強く、2人の距離が近づいていないので日常化していないように見えた。対して『熱血篇』の特にエピソード戦のあとの河川敷の羽川と暦のシーンはもう青春だろうと。「パンツ」はギャグに見えるけど実際は羽川なりにも命を懸けているシーンだと思う。彼/彼女らの会話が自然に見えて日常的なシーンのひとつに見えてくる。それだけ「時間」をかける/奪う ことは重要かと。(ギャグ〜シリアス〜日常)

それとドラマツルギー(吸血鬼)、エピソード(ハーフ)、ギロチンカッター(人間)と3人の人物。最初から3人にもっと気づいておくべきだったけど、3というのは別の人物に当てはめても「持って生まれたもの」に言い換えられる。ドラマツルギー戦で暦が自覚するキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属という「才能」を持ち合わせている者。そして2つ目はそれを相手にする3人(ドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッター)の「凡人」たち。3つ目にそんな凡人たちにも意図も簡単に殺される一般的な「人間(ここでは羽川)たち」である。そもそも戦う3人にも種族の階層がある上に、そういった持って生まれたものたちの概念もまた3階層に分けられていることがわかる。そしてそれを見る「私たち(忍野メメ)」といった構図。この映画は見れば見るほど俯瞰で作られている。(物語シリーズの記憶にあたるから)

そしてそれは人物(概念)だけではなく実際に動く映像についてもそうであり、作画で表現されるキャラクターと、その背景の写実的なCG、そしてさらにその後ろに広がる背景は超写実的なCG(実写か?河 等)と、明らかに階層を分けて映像を作っていることがわかる。さらに作画に絞ってみてもキリッとしたキャラクターデザインに、少し気の抜けたデフォルメされたデザイン。(『鉄血篇』では紙芝居のような平面絵もあった)のように、階層を描き分けている印象的な作品だ。丹下健三の建築を扱っているのもそういったところを強調しているように見える。

普段私たちが見ているはずの映像(実写のようなCG?)なのに、こうやってスクリーンで目のあたりにすると異物感として湧き上がってくるのはなぜだろうか。もちろんアニメが前景に存在しているのでそういった反応を示すのかもしれないが、この辺はもう少し探求したい点。

  • 暦の身体的変化

暦の吸血鬼化についてだが、様々なシーンで身体的変化が表現される。まず羽川が暦の身体を触るシーンがモロであるが、「触覚」で身体の変化がわかるようになっている。また同じく羽川とのシーンだと、食事のシーン。ここでは「味覚」で身体の変化がわかる。暦が肩をあげて歩いているシーンではゴツく作画表現されており、私たちの「視覚」でも(羽川も後姿で見ている)ハッキリと変化があったように見える。それとドラマツルギーと暦のラストシーンではまるでウユニ塩湖かよ?といった校庭が綺麗に反射して鏡のようになっているが、ここでは吸血鬼たちの影は見えない。見えないことが視覚化されている。見えないことは河川敷での羽川と暦のシーン。横からの俯瞰ショットであるが、河が鏡のように綺麗に反射しているが羽川の影はあっても暦の影は存在しない。これらによって、あらゆる視点から暦の身体的変化がわかるように演出されていることがわかる。キスショットの身体的変化もモロですが。


  • まとまっていない話だけど

この項目では気づいたことの箇条書き。

○円のモチーフ(月と太陽、キスショットのダンス、羽川の血で描かれる円)
○冒頭の羽川と暦のシーンでシャッター音がある。アニメないし映画は記録であるが、『傷物語』は物語シリーズの最も深層で重要な物語。まるで暦とキスショットの記憶の物語なのだ。と思っていたら泣けてきた。
○キスショットはノーパン(その後の羽川のノーパンにもかけている?)
○キスショット第二形態の腕につけたリボンがいい
○日陰の物語「光/影」であれば塾での暦とメメの会話シーンでの光の差し方も示唆的かも

まだまだあるような気がするが思い出せないのでまた今度で。

  • 最後に

結果的にいえばめちゃくちゃ面白かった。戦闘シーンのスピーディーな映像は間延びした時間と組みあわせた効果によって、快楽エキスがたっぷりだったし作画は本当にすごい。『熱血篇』1本としては満足いく結果になったと思う。来年の『冷血篇』もおそらくいい作品に仕上がると思う。ただ同時に思うのはこれを3本組あわせて約3時間の作品になったときにはタルいと感じてしまうだろう。『○○篇』としてではなく『傷物語』として、ひとつの「物語」として見たかったな、とこの素晴らしい作品を見てさらに感じてしまった。まあイッキ見上映会とかやりそうだし、文句は3本見てから…といったことに。

映画「傷物語」ビジュアルブック

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傷物語 (講談社BOX)

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化物語 Blu-ray Disc Box

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*1:ドラマツルギーのポーズを見ると“お手上げ”をかけている?

*2:詳しくないのでよくわからないがスキャットが用いられていたか?

*3:『鉄血篇』円盤特典のブックレット参照